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懐からパライアの刺繍がされた手袋を取り出して、ネオは言う。
「あれは皆が熱に浮かされていただけだよ。…この刺繍は特別なんだ。誰にでも渡せるものじゃない」
「できんじゃねぇのか、お前なら。ささやかなご加護程度に抑えることくらい」
「………できないよ。できたとしても、知らない誰かに向けてだなんて…考えられない。
そんなことより、マリサは元気にしてる?」
「おう? …ああ、元気元気」
ダヒルはこれ以上踏み込めなさそうだと感じ、ネオの問いに答えた。
「そういや、今度結婚するっつってたな」
そうなんだ、と言ってネオは少しばかり意外な顔をした。
「ダヒルと?」
「えッ?いやいや、んなワケねぇだろ。だったら、俺、結婚するわって言うわ」
「違うのか… マリサはダヒルを好きになると思ってたんだけどな」
そう言われてダヒルはボリボリと頭を掻いた。ガキの頃はお前を好きだったんだぞ、とごにょごにょと濁した後、言い辛そうに言った。
「まあ… 実を言えば、ちょっと前まで付き合ってたよ。でも振られた」
「…何で?」
「あいつはどうしても村を出れないんだとさ。まぁ、しょうがねえよな。村長の娘なんだからよ」
「家を継ぐってこと? …でも、マリサには弟がいたよね?」
「ああ、双子の弟な。あいつら今、家に居ねぇんだよ。ガムシャーラの商業学舎へ行っててよ。家を継ぐ気は無いらしい。まぁ男が継がなきゃいけねぇってことも無ぇからな。マリサのやつ、口じゃあ文句言ってたけどよ… ホッとしたみてぇだったぜ。だから双子も出て行ったんじゃねぇかな」
「一緒に居てやろうとは思わなかったのか?」
「…上都すんのはよ、ガキの頃から思ってたことだからな。村が一番だ、ここで生涯過ごすぜ、なんて他の町へ出てみねぇと分かんねぇだろ。外も見ずに村ん中留まりたいっつー気持ち、まあ…理解はできるけど共感はできねぇよ。お前だってそうだろ。一番先に飛び出てったんだからな」
「………」
「でもよ、俺は… 戻るつもりだったんだぜ。
だから、上都する前によ、マリサに言ったんだよ。村に戻って来るまで待っててくんねぇかって」
「なのに…振られたのか?」
「王都へ行くなら、別れるって。私は村から出られないし、ダヒルは行ったら戻って来ない、なんて言われたんだわ」
「ダヒル…」
「一回やりたいようにできりゃあよ、気が済むかもって思ってたんだ。だから今回の黄金の鳥騒動を聞いた時は、これだ!って思った。伝説追って冒険なんてよ、夢見てたもんがいっぺんに叶うチャンスだって。
なのに、どうだ。黄金の都市の神殿も見つけて、鳥だって捕まえたようなもんだ。それなのに、夢見てた結果と違うんだよ」
ザキハの所に居た時から燻っていた思いを、ダヒルは口にした。
「どうしても納得出来ねぇんだ。求めるものを探れねぇってことが。悪くもねぇのに罪だって言われることも。…お前が抑圧されてることも」
「…まさかダヒル」
ネオの顔がサッと曇る。
「いや、勘違いすんなよ。あの鳥のことは誰にも言わねぇよ。つーか言えねぇってことぐらい俺にも分かる」
今回の黄金の鳥騒動。事実は全て伏せられたままだ。それでケリがついたのだから、ダヒルも今更混ぜ返すつもりはないし、到底口に出来る内容でないことも理解できる。
「けどよ… もしもだぞ。もしも、あの聖域が誰かに見付かって、デタラメな考察で世間に晒されでもしたらよ、今と同じ気持ちでいられるか、俺は分かんねぇ」
隠してきたし、ゴロナン達がきちんと元に戻すだろうが、絶対見つからないと保証された訳ではない。この世に絶対なんてことはない。ネオもザキハもゴロナンも、そんな経験がきっとあるだろう。ネオのほの暗い目を見て思う。
受け入れがたい経験が積み重なって、心を削られても、自分も違わずに沈黙を選べるものだろうか。
いや、きっと無理だ。
「僕、始めに言ったよね… 受け止めて口をつぐむ覚悟をした筈だ」
「俺には足らなかったのかも」
ダヒルの余りにもあっさりとした口調に、ネオは一瞬言葉を失った。




