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「…………だとしたら、うちに来た日からのことを忘れて、帰るべきだね。二度と乱されないように。耳を塞いで生き…」

「知らなかった時になんか、戻れるかよ」


ダヒルは食い気味に言い、口を尖らせる。


「なあ、ネオ。知らねぇってことはよ、何て無責任で怖えぇことなんだろうな」


ネオに向き直り、ダヒルは続ける。


「俺が一番堪えたのはよ、それだよ。何も知らなかったせいで、俺の…ただ働いてた俺らのせいでワザワイノツカイが目覚めた。信じらんねぇよ。自分が関わっちまうなんて。俺の同僚はよ、自分らが関わってたことすら知らねぇんだぜ。…何だよそれ。下手すりゃ、知らねぇ間に大罪人か。そんなことが… そんなことを放ったらかしにしとくなんて、おかしいだろ」


いつもと変わらない声。憤怒の響きも、悲しみの(にじ)みもない、ダヒルのいつもの声だった。

その声はネオの心に刺さり、酷く乱した。


ーーー昨日の今日で何が分かる。

そんなこと、言われるまでもなく分かっている。


理不尽で無責任な国。何も考えず、危険だとも気付かず、従う民。知る事を奪われ、忘れ、いつしか疑問すら抱かなくなったであろう、双方。

そう、初めて気付いた時、愕然(がくぜん)とした。

幼い頃から感じていた違和感の正体が、ここまで大きなものだったことに(おのの)いた。

踏み込むにつれて、口を(つぐ)む他ないことを思い知らされた。刺繍を、魔法を、失われた技術を学びたいという思いは、徐々に純粋さが削られ、()瀬無(せな)さが上塗りされていった。

だが、ダヒルの言うように、知らなかった時には戻れない。耳を塞いで目を(つむ)って生きることなんて、できなかった。

ワザワイノツカイと対峙(たいじ)するのは、知る者の責任だと思った。国を変える、世界を変える、なんて気概の無い自分にできる、せめてもの(あらが)い。だが(わず)かな同士達だけでは、全てを背負えないこともあった。そんな時は、仕方のないことだと自分に言い聞かせた。犠牲は無知の代償だと言い訳をして。


「…最悪の事態にはならないようにしている。ザキハさんも、ゴロナンさんも… 他に協力者だって居るんだ。ワザワイノツカイを取り逃したりなんてしない」


ネオの言葉にダヒルは(うなず)く。


「…そうだな。お前らに助けてもらえた奴らは幸運だよ。俺だってよ、感謝してもしきれねぇもん」

「………」

「けどよ…運に漏れた奴はどうすりゃいいんだよ。悲鳴が聞こえねぇと、助けに行けねぇ。見抜けねぇ場合だって……」


そう言った後、ダヒルは、ああ違うと言って首を横に振った。


「言いたいのは、んなことじゃねぇんだ。

何で… 何で、ネオがそこまでしなきゃいけねぇんだってことだ」

「……」


ネオは答えなかったが、ダヒルは構わず続ける。


「この国ってよ、責任の負い先が狂ってるよな。領主サマんとこにもよ、罪人になってもおかしくなかった奴は大勢居たな。そんで誰もが無傷じゃあなかった。なのに、何で元凶の俺らは関係ねぇんだよ。何で、そんなのの後始末を、こっそりと、危険を侵してまでネオがやらねぇといけねぇんだ」

「………それが知る者の努めだからだ」


ネオはそれだけ言って口を(つぐ)んだ。言ったところで、正されると思ったからだ。

ダヒルは案の定、首を横に振った。


「国の歪みを、魔法の存在を、知らさなきゃなんねぇ。他の奴らに、この国の皆に。それができんのは、ネオ。お前だけだ」

「…僕にどうしろって?」

「刺繍をしろよ、ネオ」


ダヒルは首に掛けた水トカゲの刺繍を握り、外すとネオに突き出した。


「これと同じように。いや、もっと弱くてもいい。気付かねぇ奴は気付かねぇような、僅かなご加護でいいんだ」

「……」

「誰もが求めずにゃいられなくなるもん、作れよ。そしたら大勢の手に渡って、証明してくれる。

お前の力が、人を助けるって。不思議な力が、神に反する恐ろしいものじゃねぇって。

王家ご用達の店から独立したんだろ?今度はネオの店が王家ご用達になって、その刺繍が王族を守ったなら、国だって認めなきゃなんなくなる」

「それは…」

「っと、何も知らねぇ奴の言うことだって、はね除けねぇでくれ。俺も立つ。お前の側に」

「…え?」

「俺、テッキンコンに戻んの止めるわ。このまま王都に居る」

「…は? …だって仕事は?」

「ザキハの爺さんの所、出る時に聞えたんだよ。扉はいつでも開いてる、って。あの人恐えぇから嫌なんだけど、色々知るにゃ、あっこ以上のとこはねぇもんな。あの扉って、必要な奴しか入れないんだろ?ザキハの爺さんに必要なのって、俺じゃねぇかなって… あの部屋から出られないんじゃ、自由に動き回れる手足が要るだろ。売り込んでみるよ。俺を雇ってくれって。断られたら、他に仕事探す。王都に居りゃ、お前んとこにも顔出せるしな。遠出する時は、刺繍の宣伝もしてくるぜ」

「…………そうか」

「女の勘って怖えなぁ。村に戻るつもりだったのによ。もう全然戻るって気がねぇよ。だからよ、俺もお前の協力者の一人にしてくれ。力を貸せ、知恵を貸してくれって言い合える立場に立たせてくれ。

俺の、黄金の鳥を目覚めさせた責任は、果たさなきゃなんねぇ責任は、知る側の覚悟を…お前の重荷を一緒に背負うことだと思う」

「………」


ネオは体の深部に埋まっていた杭を、引き抜かれたような気がした。

今迄、色んな人に助けてもらってきた。知識を与えられてきた。だが、その人達は決して立ち上がれとは言わなかった。共に立ち上がろうとも、言われなかった。

自分は子供だったのだ。口を(つぐ)み、事実を隠すことで、守られてきた。

いつからか、偽りを重ねて身を守ることが当たり前となった。真実を口にしなくなった。

だがそれが、本当に唯一の道だったのだろうか。他に道は無い、と言い切れるほど自分は足掻(あが)いたのか。

無い、できないと、否定の杭を打ち込んでいたのは自分だ。心の底では、違うと分かっているのに。


踏み出す時が来たのかもしれない。


ストンと、そう思えた。素直に受け止められたことに、ネオはホッとした。ダヒルの言葉だったからなのかもしれない。そう思い、感謝した。


「僕もダヒルがそう言ってくれるのを期待してたのかも。だから…喋り過ぎちゃったんだと思う。魔法のこととか、ゴロナンさんとかザキハさんのこととか。これから何を知っても、ダヒルの気持ちが変わらないって信じるからね」

「おう!危険な旅をする時は、また餞別を、何なら同行を頼むぜ」


全く、調子の良さは変わらない。そう思いながら、ダヒルの強い声にネオは微笑んだ。


挿絵(By みてみん)


おわり

これにて完結となります。

ブックマークして下さった方、コメントをつけて下さった方、評価をしてくださった方、アクセスして下さった方、皆様本当にありがとうございました。仕事が邪魔をし、更新が中々進みませんでしたが、おかげさまをもちまして、最後までたどり着くことができました。

今後はネオの幼少時代などのシリーズや別企画を掲載していこうと思っていますので、どうぞよろしくお願いします。

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