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「あれは、失われた民族の、古代文字を組み合わせたものだ。作ったのは二代目だ。魔法の力がある人だったからな。あれのお陰で今日まで守り(おお)せた。かかっているのは、目眩ましと、開かないという呪いだ。解けるのは部屋が選んだ者だけ。部屋にとって必要な者を部屋が選ぶのだ」

「そんなことが…」


聞いたことも無い術に、ダヒルは目を()く。それも、こんな王都のど真ん中で。禁じられている、皆が存在しないと思っている魔法が使われていることに、唖然とした。


「でも何で、それが呪いなんすか?守りが万全なら、良いこと尽くめじゃないっすか」

「良いこと尽くめの魔法なぞあるか」


ザキハはぴしゃりと言った。


「この部屋は牢獄よ。わしを守る代わりに、わしも守らんといかんのだ。ここを出ることは許されん。出ようとしたら、両足ともこうなるだろうな」


ザキハは服の(すそ)を託し上げると、右足を杖でコツコツと叩いた。その音は固く、乾いた音だった。

ダヒルはギョッとする。足を引き()って歩くザキハの足が悪いのは知っていたが、それはおよそ生身の人の足とは思えなかった。

白い皮膚がぐしゃりと(しぼ)み、それが石のように硬化している。まるで()き出しの、干涸(ひから)びた骨のようだった。


「じゃあ…こっから一歩も出られねぇんすか?!……ちょっと…考えらんねぇ…」


自分には絶対に出来ない選択だと、ダヒルは思った。


「わしが欲しいのは事実だけだからな」


ザキハはフンっと鼻を鳴らした。


「外じゃあ何も手に入らん。灯を得る方法も、黄金を産む術も誰も知るまい。まぁどんなに時を掛けた所で、この本一冊の英知にも辿り着けんだろうな」


ザキハはゴロナンの描いていた冊子を覗き、「ああ、もういい」と言って取り上げた。


「外の連中は阿呆ばかりだ。消すのは容易だが、取り戻すには何倍もの労力が掛かる。それを…手を掛けることを、何とも思っていない。歴史を作るのは人だが、歪めるのも人だ。真実は事実、只の事象よ。それに思惑やら国策やらいらんもんを混ぜ込むから、偽りになるのだ。消すことを、偽ることを選んだ時点で、この国は止まったのよ」


ザキハは吐き捨てるように、そう言った。見放したような口調が、ダヒルには嘆きの言葉に聞こえた。


「ザキハさんはね、蒐集家(しゅうしゅうか)なんだよ。知識の蒐集家。…事実を後世に残そうとしている」


ネオの言葉に、ザキハは目を吊り上げた。


「わしは我慢ならんのよ」


(しわが)れた声を震わせる。


「何故縛られんといかんのだ。小さな子供でもあるまいに。教え与えられるものが正しいとは限らんぞ。何が正しくて何が過ちかなど、どう判断する。何もできんよ、無知ではな。知りたいと思うのは人の(ごう)だ。人が人たり得る欲よ」


知りたい事を学べない、追求出来ないというのは、なんと狭く限られた世界だろう。ザキハの様な者からすれば、この暗く(ほこり)っぽい部屋以下なのだ。そう思うと、ダヒルの胸はザワついた。この国の根底にあるものが虚偽ならば、今迄の自分は何だったのだろう。見聞きし感じ得たものまでもが、まやかしかもしれない。そう感じずにはいられない。それは足元が突然無くなってしまったような、衝撃だった。


「だからって、一生ここに居るんすか」


あんまりだと思った。どんなに物知りでも、ここに居ては何も活かせない。ただただ、知識を追求するだけで満足できるものなのか。

ザキハも同じだ。ネオやゴロナンと。力を持っていても、それは使うことの出来ない、黙すべき力。このまま日の目を見ることもなく、過ごしていくのか。自分が没するその時まで。


「初代が何故、捕えられたか分かるか、坊主」


そう問い返され、ダヒルはむっと眉根を寄せたが、間も無くハッとした。


「もしかして…喋っちゃったんすか?黙っとかなきゃいけねぇこと…」

「そうだ。自分の考えを口にするのを(はばか)らなかったらしい。乞うてきた者への助言も惜しまなかった。…とまあ、そう言えば聞こえはいいがな。実の所、黙っておれんかったのよ。

命に関わると知りつつも…賢いと言われた男でもな。

だからこそ二代目は、自ら呪いを掛けたのだ」


ザキハは扉を見遣り、眉間の(しわ)を深めた。


「人は多すぎる知識に耐えられん。消費しなければな、おかしくなってしまうのだ。全く動かず、食べてばかりいるとどうなる。知識も同じだ。口に出すか、書くか… そうせずには生きていけん。それが自らを死に追いやり、他人を惑わせ恐れさせ、世に混乱を招こうともな」

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