3
「しっかしザキハのおっさんって自分で書いたりもしてんだな。ここにある本も書いたものなのか?書き物してる人って俺、初めて見たぜ」
「…ダヒル。おかしいと思わない?こんなに本があるなんて」
「あ…?」
言われてみて気付く。そうだ、紙はまだまだ量産されるものじゃない。教会学校の文字の練習も黒い石版に白い石を使って書いていた。流通している紙もあるが、厚くゴワゴワしており、長い文章を書くのには向かない。便りを出すときも、薄く切った木の板が使われることがまだ多い。本に使われるような薄く、滑らかな紙は大変高価な代物だ。ダヒルが今迄見た事がある本といえば、神父が持っていた木経の経典くらいだった。
ここにはそんな貴重な存在が、石ころのようにゴロゴロと無造作に置かれている。
「言われてみれば… 何か暗いことに気を取られて見過ごしてたっていうか」
ついでに暗闇の中から現われたザキハにも気を取られていたが、そのことは黙っておいた。
「ザキハさんは、失われた民族の文化と歴史を追ってる… 知りすぎた男」
「え?」
ダヒルは目を剥むいて、ネオとザキハを交互に見た。
「いや、知りすぎた男って… そんな馬鹿な。それこそ大昔の大犯罪者のことじゃねえか。若くして処刑された。もし、生きてたってんなら、一三〇歳… 一三〇歳だぞ! いくらザキハのおっさんが爺さんつっても一三〇には見えねえよ」
「阿呆。わしは三代目だ」
不機嫌そうな声が飛んできた。
「初代は処刑される前に、弟子に全てを譲ったのよ。その弟子というのが二代目の男だ」
「ええ?そんな…弟子が居たなんて話にないっすよ」
『知りすぎた男』の話を思い出し、そう言った所で、あっと思った。
「お前はわしが初めに話したことも忘れたのか。国が広めとる教訓話なぞ鵜呑みにするな、馬鹿もん」
「あー… この話もデタラメなのか…」
「事実もある、という所が忌々しい」
ザキハは吐き捨てるように言った。羽根ペンを持つ手を止めず、手元から目を上げずに話を続ける。
「初代は大層頭のいい男だった、そうだ。もちろん、自分が国に目を付けられていることを、知っていた。万が一の時の為に、準備をしておったのだ」
「準備…って、捕まった時の、つーことっすか?」
「そうだ。小間使いだった男に自分の知識を与え、密かに弟子として育てた。蔵書を写本させ、仕上がったものを自分の書棚に置いては、ここへ原書を移していた。この建物は、弟子の名で手に入れたものだ。全ての書を写すには至らなかったがな… 初代が捕まり、蔵書は押収され燃やされたが、この場所は隠し通せた。それから五〇年後、今度はわしが弟子となった。この本や他民族の品達は三代かけて集めたものだ」
ダヒルはやっと、ここが暗い理由を理解した。ランプや蝋燭は火事の元となる。太陽の光もインクの字を薄くしてしまう。乱雑に置いているのも、きっと書棚はパンパンで他に場所がないからだ。三代前からの遺産を捨てられる筈がない。ここは快適さなど度外視した、本の保管のみを目的とした場所だったのである。
「バレちゃマズい場所つーことは、よっく分かりました。…なのに、いーんすか?看板なんかかけて」
ダヒルは初めてここに入った時のことを思い出した。いくら裏通りで人も少ないとはいえ、でかでかと看板を掲げ、鍵もしていなかった上に、扉は半開きだった。秘密を守らねばならない場所にしては開放的に過ぎる。
「心配要らん。この扉には呪いがかかっておるからな」
「呪い?」
嫌な響きの言葉に、ダヒルは眉を顰める。
「小僧、看板の文字をお前は読めたのか?」
「いや、読めてはないけど、ネオが教えてくれたっす。好き嫌いする扉だっけ?」
「…選り好みする扉、だよ」
ネオが耳打ちした。
「そう、それそれ。え。何、まさかあの看板が呪い?」
ザキハはうむ、と頷いた。




