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屋敷の中は魅了を解かれたとはいえ、沢山の使用人や押し入った者達で大わらわで、騒つきは全く収まっていなかった。
ネオ達は領主と共に人々を大広間に集めながら、怪我の状態をみていく。幸い死者も、重傷を負った者も居なかった。
大広間に集められた者達はキョロキョロと落ち着きがない。皆不安で仕方がないのだ。立派な屋敷を損壊させ、人を傷付けたのである。何かしらの罰を受けるだろう。逃げた者も居るが、特に屋敷に仕える者は義務感と罪悪感、少しの正義感から屋敷から人を逃すまいと取り押さえたり、お互いを牽制したりしていた。
「皆、大きな怪我をした者もおらず、本当によかった」
ゴロナンに支えられた領主が声を発する。労いの言葉があると思っていなかったのだろう。騒めきが俄に静まった。そこから領主は、打ち合わせ通りの演説をした。
黄金の鳥の輝きに目が眩んでしまったのは仕方がないこと、皆が正気を失ったのは黄金の鳥の美しさのせいで誰も抗うことができなかったこと、屋敷を守ろうとした者も居ること。
「黄金の鳥だが… 私の私室で…火の鳥にやられてしまった。赤く燃える姿を見た者も居るだろう。
火の鳥のせいで我々は傷付いただけになってしまった。得た者は誰もおらず、虚しい争いをしただけになってしまった。私は誰も咎める気はない。罰を与える気はない。此度の事は二羽の鳥のせいだ。
これから皆、傷を癒し、休む時間が必要だ。そして落ち着いたら、屋敷の修復を手伝って欲しい」
領主の言葉を聞き、初めはポカンとしていた者達もザワザワと頷き合い、そうか、そうだ、その通りだ、と言い合い出す。中には歓声を上げる者や、感極まって膝を着く者も居り、彼等の態度に領主も満足そうだった。
「あんなこと言って大丈夫なのか?全部黄金の鳥と火の鳥のせいにしちまったし…」
大広間の後方で領主の演説を聞きながら、ダヒルはネオに小さな声で言った。
「黄金の鳥がワザワイノツカイだって言っても誰も信じないだろうし、不安を煽るだけだよ。隠しておいた方がいいこともある」
「いや、まぁそれもなんだけどよ…」
領主に言った最後のことだよ、とダヒルは言った。
「お前が恩がどうのなんて言わなくても、領主は皆を許すしかなかったぜ。小せぇ男だったんだから。調子付かせるこたぁ無かったんじゃねぇの」
演説中の領主の満足そうな顔を見て、ダヒルはそう思った。黄金の鳥に惑わされたのは、彼等の責任ではない。ワザワイノツカイには誰も抗えないのだから、彼等は感じなくてもいい領主への恩義を感じたことになる。領主を含め、感謝すべきはネオやゴロナンだというのに。
「領主様にああ言ったのは、被害者だと思われたら困るからだ」
「…ん?いや、でも… 被害は受けてるよな、一番」
「表面上はね。でも領主様の暮しは、領民からの税で成り立ってるんだよ。暴れた人達から徴収できないとなると、城の修復も税で賄うことになる。罰しようが、許そうが、どっちでも同じなんだよ。あの人は何ら痛手を負わないんだから」
「…ああ…そうか。そうだな…」
「だからハッキリさせた。損害じゃなく、利益を得たんだって。それに、ああ言っておけば、新たに税を巻き上げようなんて思わないんじゃないかって期待もある。折角上がった評価を落としたくは無いだろうからね」
「…ならよ、他の奴らは? 暴れたくて暴れた訳じゃねぇのに。領主に感じなくていい恩義を背負って生きなきゃなんねぇなんて、何つーか…」
ネオはフッと頬を弛めた。
「ダヒル、君は優しい男だね」
「あん?」
「今回の騒動で被害者だけの者なんて居ない」
ネオは厳しい目をして言う。
「いくら意思なくやったことだったとしても、したことの責任が消える訳じゃ無い。今回、死人が出なかったのは、本当に救いだった。もし誰か亡くなっていたかと思うと…ゾッとする」
そう言われて、ダヒルもゴクリと唾を飲込んだ。
確かにそうだ。人を殺めた、でも意思なくやったことなので責任は取れません。などと言っても、許される訳が無い。今回誰もが、加害者にも、被害者にも、どちらにもなっているのだと思うと、とても恐ろしかった。
「帳消しになんて絶対にならない。知らなかったは言い訳にもならない。でも事実を明かして、全員を牢屋に入れる訳にもいかない。ワザワイノツカイは恐ろしい見た目だって皆思ってるのに、黄金の鳥がワザワイノツカイだって誰が信じる?証明することもできない。だから、こうするしかないんだ」
「………」
ダヒルは思った。
なら、自分は?
知らなかったとはいえ、元凶の黄金の鳥を復活させてしまった。退治したから終り、とは思えなかった。そもそも退治したのはゴロナンとネオだ。自分は…何もしていない。
「だったら俺は重罪人じゃねぇか。何を背負やいいんだよ」
ネオは口を開きかけたが、歓声と拍手に遮られた。領主の演説が終わったのだ。ゴロナンが指示を飛ばし、人々が銘々に動き出す。怪我人の治療、屋敷の修復、何より王への謁見に向け、整える支度は沢山ある。
「ネオ君、ダヒル君」
ゴロナンが二人の方へ駆けてくる。
「やっぱり、屋敷での指示はネオ君がやってくれんかえ?謁見のための入り用なもんは分かるろう。あっしとダヒル君で神殿に行くきにゃ。王への献上…早うせな妙な勘ぐりをされる。一っ番急いで三日後ってとこやろう。今からぶっ飛ばさんと間に合わん」
「えっ…今からぶっ飛ばすって、まさかオオヤマネコで行くんじゃ…」
日は既にとっぷりと暮れている。馬をぶっ飛ばす訳にはいかないだろう。
「今夜の月は明るい。あの子なら問題なく走れるぞい」
「嘘だろ!俺はもう乗らねぇっつったろ…!死ぬじゃん…!出るぞ…出なかった死人が出るぞ!」
「闇夜に紛れれば、平地を走っても目立たない。…ってことですよね、ゴロナンさん」
「そうそう、流石ネオ君。よおく分かっとるにゃあ。テッキンコンから王都へ行くに馬車やったら二日かかるろ。アレを運ぶにゃ馬車やないといかんき、神殿まではあの子でぶっ飛ばすで。ほいたら日の出前にはテッキンコンで馬車借りて出れるろう」
「ダヒル、観念して。神殿のアレがないとこの計画はお釈迦になっちゃうよ」
「山猫におっさんと乗ったら俺の体がお釈迦になるっての」
「じゃあ、ネオ君頼んだで。王都へ三日後に黄金の鳥献上するって連絡は、領主名でやるように屋敷の執事に言うちゃあるきにゃ。ほんにゃら、三日後、王都で」
「俺の話も聞けっての!!」
とにかく、目の前の事を片付けてからだ。ダヒルとはその後、ゆっくり話をしなくてはいけない。ゴロナンに引き摺られていくダヒルを見送りながら、ネオはそう思った。




