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王都から延びる大きな道は全部で四つある。

それぞれが、三つ目の州〈サンド州〉を除いた他の州に通じている。各領主の屋敷へは、このそれぞれの街道を使うのが最も早い。二つ目の州であるセカド州に通じているのは、王都の東からの街道である。

カグア山へ向かったネオとダヒルはこの街道を使わなかった。北口の四つ目の州〈フォッシシ州〉を経由し、セカド州に入るトルコス達が使う交易路の方がカグア山に近く、また安全だと踏んだからである。


「あれ?ゴロナンのおっさん、俺たちより後に王都から来たんだよな。めちゃくちゃ早くね?どの道通って来たんだ??」


ゴロナンは答えず、大きな口の端をにいっと上げた。


「さて、セカド州の領主ん家まで急がないかんきにゃ。早う、この子に乗った乗った。ダヒル君が前で」

「え?山猫に乗って行くんすか?」


喉をワシワシとゴロナンが撫で回すと、山猫は機嫌良さそうに目を細め、ゆっくりとしゃがんだ。ダヒルは恐る恐る山猫に触れた。大丈夫、大丈夫というゴロナンの言葉に押され、何とか背に跨る。こんなに大きな山猫は見た事がなかったし、猛獣に乗るなんて嘘みたいで、ダヒルはちょっと嬉しかった。

しかし、そんな小さな嬉しさなんてすぐに消えた。


「びっとだけ、やさしゅう走っちゃってよ」


ゴロナンは山猫に顔を寄せると、耳打ちする様に呟く。

ダヒルがゴロナンは乗らないのか、と思った瞬間、山猫は後ろにグッと体を引くと、しなりをつけて走り出した。

そこからが酷かった。


「に、二度と山猫には乗らねぇぞ…」


山猫から下りたダヒルが息も絶え絶えに言う。ネオの顔も青い。平然としているのはゴロナンだけだ。

最短で到着することだけを考えて選んだ行路は人が通れるような道ではなく、獣道と呼べるかも分からない道だった。鞍も無くて、しがみついているのがやっとなのに、木が密に茂る森の中でもお構いなしに突っ走る山猫。枝木はバシバシ当たる。虫は飛び込んでくる。散々な目に遭った。ゴロナンは山猫の後ろを人間とは思えない身のこなしで走っていた。


「まぁまぁ。あっしが来た時よりゆっくり走ってもろうたけどよ、もう着いたやんか」

「…走ってたくせに、あんた何でそんな元気なんだよ…」

「…………僕達は乗るしかなかったんだから… ッ…しょうがないよ」


ゴロナンがカグア山へ来るのに使った道は、大街道と交易路、どちらの道でもなかった。王都からカグア山まで、文字通り一直線に飛ばして来たのだろう。そういえば、藪から飛び出して来たし、山猫から下りる時、ゴロナンは体から葉っぱを撒き散らしていた。

セカド州の領主が住まう城は、ケッコロ村の南にある。人が使う道を馬やラクダで行けば、半日はかかる距離だ。それを一刻ほどで来られたのだ。山猫を撫でるゴロナンにこれ以上文句を言う事は出来なかった。


「この子は目立つき、ここまでやにゃあ。後は走って行かなね。

その前に、ネオ君」


ゴロナンは斜めに掛けた荷袋の中から、草をすり潰したような抹茶色の液体が入った小瓶を取り出した。


「これを飲みにゃさい。神殿で力をかなり使うたがやろう」


山猫から降りた後も、ネオはフラフラと足取りがおぼつかず、顔色が戻っていない。ダヒルは前に乗っていた自分の方が大変だったと言おうと思ったが、言葉を引っ込めた。自分の知らない内にネオは随分無理をしていた様だ。ゴロナンはきっと分かっていて、ダヒルを前に乗せたのだろう。元気になる飲み物なら、自分も欲しいと思ったが、ネオのしかめ面を見て、ねだるのを止めた。

山猫が山に入ろうと身を(ひるがえ)す前、大きな褐色の目と一瞬、目が合った。スンと匂いを嗅ぐような仕草をすると、あっという間に走り去った。既にゆるりと走り出していたゴロナンに追い付くと、ダヒルは問うてみる。


「…さっきの、アメイロオオヤマネコっすよね。いや、もう山猫って呼んでいいか分かんねえデカさだけど… おっさんが飼ってんすか?」

「ほっ。ダヒル君は山猫の種類が分かるがかね?」


クルリと弾むようにこちらを向いたゴロナンは、感心したような声で言った。


「…あんなデケェ獣、飼い慣らせるなんて信じらんねぇ… だって、猛獣っすよね? 人が襲われたってあんま聞かねぇけど、それって山奥が生息地だからじゃ… ここらに放しちまって大丈夫なんすか?」

「飼い慣らしてにゃんぞおらん。ちっと協力してもろうただけよ」

「……?」

「あっしは特定の動物となら仲良うできるがよ。生れに関わる力でにゃあ」

「…はぁ」

「だからあっしのおらん所で、あの子らを見かけても近付かんようににゃあ。人は襲わんようお願いはしちゅうけど、どうか分からんきにゃあ」

「…ダヒル。ゴロナンさんの力を知っている人もほとんど居ないから。ゴロナンさんが捕まって牢屋に入れられたら、ダヒルのせいだから」

「そうやきにゃ」

「またかよ。てか、圧掛けてくんなら、もっと躊躇しろよ。口濁せよ」

「もう日が暮れるぞ。ほれほれ、走れ走れ」


辺りが薄暗くなり始めた。ゴロナンに急かされ約一尋。だだっ広い屋敷の敷地を取り囲む石壁が見えた。既に様子がおかしい。所々、石壁が崩落している。近付くと三人は更に眉をひそめた。頑強な筈の鉄門は、ぶっかかれてベコベコ。石壁は歯の無い歯茎のようになっているというのに、門番も居ない。これでは侵入し放題だ。

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