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「神様の名前なんて分かんねえよ」
「…………」
ネオは彫られた文字を見て、やっとここまで来た、と思った。
「…なあ、ダヒル。子供の頃は考えたこともなかったけど… ザキハさんに古い伝承を聞いてから、あの話に他に違和感がないか考えてみたんだ」
「違和感?」
そんなものあったかね、とダヒルは首を捻る。
「どうして侍女だけ名前が出てくるんだろう。王も王子も名前が出てこないのに」
「え? そりゃあ… 悪役みたいな奴だし。戒め話なんてよ、悪役以外どうでもよくね?やりすぎたら、こうなっちゃうわよ!って言えりゃあいいんだからよ」
「そこだよ。変に違和感が無いのは、話の主役が悪役だからだ。
悪役にすれば、神聖なものだとは思われない。オーキー国の『知りすぎた男』を元にモックス語でヒントを帯に書く位だもの。神様の名前を大国に知られずに後世に残すにはどうすればいいか、考えたはずだ」
「つーことは…」
「リブア族の神の名は… パライア様」
ネオがそう口にした瞬間。
「………っ!」
体が岩へ引き込まれるような感覚がした。ネオは見えない力に抗い、たたらを踏んだ。ダヒルは大丈夫かと隣を向くが、何も感じていない様だ。岩壁を目を剥いて見つめていた。
岩壁の文字の下に、小さな火が点っている。
火は岩壁の割れ目をザッと走り、足下の岩が一際輝いた。すると、まるで留め金が外れたように、足下の岩がズズズッ…と音を立て斜め奥に下がった。
「…扉だ」
「やったぜ……!」
ダヒルがネオの肩をガッと抱く。ネオも力強く頷いた。
扉が開くと、火は消えた。隠された古の聖域への入り口がついに開いたのである。
入り口、と言っても人一人がやっと通れる程の穴だった。スイッと穴の中から風が上がってくる。妙な匂いも気配も感じられない。下の空間も空気が通っているだろうと思い、二人は中を覗いてみた。下へ続く細い階段が見える。
「すっげぇ… どうやって開いたんだよ」
興奮したダヒルの声が、穴の中でぼわーんと響く。
「何か溶けやすい金属を岩の境目に流してあったんじゃないかな。多分、火がそれを溶かしたんだ」
「ほおぉ。なら、火が点いたのは?」
「パライア様の名で点ったんだ… 魔法の火だよ」
火が点る瞬間感じた、あの引かれるような感覚。ネオは力を吸い取られたんだと理解した。意図せず魔法を使わされたのだ。ダヒルにそれを伝える。
「へえぇ。魔法が使えねぇ奴は入るなってか。何だよ。魔法が使えるかどうかが善良無害の基準じゃねぇぞ」
「扉はそうしなきゃ駄目だったのかも」
「あん?」
「町だけ潰すなんて普通の火じゃない。だったら、入り口を魔法で守ろうとするだろ」
ああ、そうか、とダヒルはやっと合点がいった。
「だからこんな危ねえ山のめちゃくちゃ近くに都があったんだな。山の火が操れんなら、敵が来たら守ってもらってたのかも」
「うん。多分、ワザワイノツカイが来るまでは…」
そう答えると、ネオは階段に足を踏み入れた。
「あ、おい、すぐ入って大丈夫かよ?」
「ああ…」
ネオは返事をして、そうか先に行かせてやれば良かったかな、とチラリと思った。だが…
「なんか…ちょっと体が怠い…」
空気が淀んでいないのに、少し息が辛い。進む先で魔法が必要な仕掛けが他にあるかもしれないと思い、ネオはそのまま先に下った。階段は長く無かったが、ぐるりと歪曲していた。外光は下まで届かない。それなのに、地上からの光が途切れても、目を凝らす必要はなかった。
地下なのに明るい。
ぼんやりと中が光っている。壁から、天井から、床面から、にょきにょきと突き出た金色の四角い塊。それが反射し合っている。光源も無いのに、キラキラと鈍い輝きを放つ塊。塊の断面はスパッと切ったように滑らかで、直角。直角すぎて、自然に生まれたものとは思えなかった。
「すげえ… これ、全部…金か。これが、黄金都市の神殿…」
ダヒルはしゃがんで、黄金に輝く塊に顔を近づけてまじまじと見る。
想像していた神殿とは全く違っていたが、信じられない光景だ。地下洞窟全体に黄金が突き出ていると思うと、目が眩みそうだった。
「ダヒル!あれ…!」




