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「…この帯、古いと言っても、たかだか百年ちょっと前のものだ。伝承と時代が合わないんだよ。

古い本に載っていたあの伝承って、統一前のリブア族に伝わっていたもの、ってことだっただろう?

伝承になるくらいなんだ。実際にカグア山が火を噴いたのは、百年どころか、もっともっと大昔の筈だ。そんな大昔に、何もかもが地中に埋まったのなら、後の人間が知っている筈が無い」

「いや、灰に埋まらないと変じゃね? 噴火すりゃあ、この辺一帯危ねぇじゃねぇの? だって火は上から来んだからよ。隠れるほど灰が積もらなかったにしても、中は蒸し焼き、丸焼け地獄だろうよ」

「神殿の扉が火を吹いた場所の反対側だった、としたら?」

「反対側? 火を噴くなら、テッペンだろ?」

「いや、多分中腹の… ほら、ダヒルがコブみたい、って言ってた所があっただろう」

「ん?おう、あったあった。え、あんなとこから噴火すんの?」

「ザキハさんに聞いたことがある。火を噴く山って、山の中をドロドロに溶けた岩が流れてるんだって。その溶けた岩が天辺(てっぺん)から流れ出て固まって山が大きくなるんだけど…溶けた岩は天辺以外の場所から噴き出ることがある。噴き出た場所は流れた岩が固まってコブみたいになる」

「…確かに逆ッ側で火を吹いたんなら、こっちは大丈夫かもしんねえけど… ネオ、よく見ろよ」


ダヒルは前方にバッと手を広げた。


「目の前はなんだ? 山。山だよ。山しかねぇよ。神殿みたいな建物は何もねぇじゃん」


そして、今度はツルハシで地面を突きながら言った。


「採石場とは反対側だけど…黄金郷、かなり広い街だったんだよ。そんで、地面の下で待ってんだよ。俺たちに掘り起こしてもらうのを」


ネオはカグア山を見上げた。遠くから眺めた時とは違う。雄大で荘厳だ。見ているだけなのに、のし掛かってくるような感覚がした。何か、とても大きな力。黒く、泡立った山肌には干からびた木さえ無い。故郷のスタトット村で見ていた緑に溢れた山の瑞々しい生命力ではない。他の命が住まうのを許さない、荒々しい力。内に熱を(たぎ)らせて脈打つ心臓のように、山そのものが持つ力。足の下の地面が微かに震えている気さえした。


人間は何と小さくて無力なのだろう。


カグア山を見上げ、ネオはそう思わずにはいられなかった。


「ダヒルは、神様ってどこに居ると思う?」

「は??」


今までの話に全く出てこなかった内容の質問に、深く考えずにダヒルは答えた。


「そりゃあ… 神殿とか教会じゃね?木像とか奉ってるし…」

「僕はね、小さい頃思ったことがあるんだ。太陽や月、風や雨の中にそれぞれ神様が居るんじゃないかって。人にはない力…作れない力…恐れに近い気持ちを抱く自然の中に、神様は住んでいるんじゃないかって」

「………」

「カグア山を近くで見て僕は思った。神様はこの山に居る… 昔の人たちもそう思ったのなら…」

「カグア山自体が神殿ってことか?」


ネオはダヒルを見ずに(うなず)いた。ずっとカグア山を見上げている。

ダヒルも視線をカグア山へ向けた。今までモーベロン様以外の神の存在など考えた事のなかったダヒルだが、間近でカグア山を見て初めて思った。

言われてみれば確かに。この山には神が居る。荒ぶる力を持つ、決して怒らせてはいけない神が。

そう信じられる空気が漂っていた。


「神様ってよ、木像の中に居てよ、その家みたいなのが神殿とか教会なんだと思ってたわ。

そうだよな、そんな訳ないよな。今の俺らがそう思ってても、昔の、しかも別の文化の人たちが同じように考えたって訳ないよな」

「それにもう一つ。腰帯の言葉が気になったんだ。『鳥が扉を示す』だよ。神殿じゃない。扉だ。

ということは扉自体が、助言しないと分らない場所にあるって事なんじゃないかな…」

「…神殿を示す、とは書いてないもんなぁ。でもよ、扉みたいなものも見当たりませんが…」

「ここにはね。星尺分儀の計算だとこの辺だけど…」

そう言いながらネオは上を指差した。

「高さは分らないから」

「え?山登るってこと?」


ネオは言葉を返さなかった。じっと考えている。

垂直とまではいかないが、中々の傾斜だ。もちろん、道なんてない。中腹まではまだマシだが、そこから上が問題だ。ちゃんとした装備も山登りの経験も無く挑めるものなのか、大いに疑問だった。中腹までならなんとか行けるだろうか、とダヒルは思った。


「うっし!まぁ、穴掘りまくるよりはマシか」

「まあ、間違ってたら降りてきて地面を掘ろう」

「ええ… マジかよ… どうか上にありますように」


二人はカグア山を登り始めた。山肌は岩が硬く、手足を掛ける隙間もあるが、進むには骨が折れた。

ギリギリ足が掛かる高さの岩に上がりながら、ダヒルが言う。


「これってよ、頂上まで登らなきゃいけないんですかね。はあ、もうだいぶ登るの厳しいかも…」

「ああ…… ダヒル、あれ!」

「おお!」


変り栄えのしなかった岩肌に現われた、切り崩したような凹み。二人は駆け上がった。入り口は大人の背よりも幾分高く、横幅も割とある。二人で入れる広さだったが、洞窟と呼べる程の奥行きは無い。直ぐに行き止まりだった。

ネオは岩壁を調べ始めた。ダヒルも耳を澄ませ、ネオに(なら)う。


「中から風の音がするぞ。空洞があるんじゃねぇか」

「ああ。…見て、ここ」


ネオは岩壁と足下の岩との境を指差した。ネオの指す先には小さな文字があった。またもやモックス語だ。


『神殿の扉は神の名の元に開く』

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