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「あれはワザワイノツカイなのか…? でもよ、昔っから聞いた話じゃ、ワザワイノツカイは恐ろしい姿だって」
「実は僕、今迄にワザワイノツカイを見た事があるんだ」
「え?」
話にしか聞いたことが ないワザワイノツカイ。人は翻弄されるだけの存在のはずだ。
「魔法が守ってくれたんだ。それでも本当に運が良かった。よく生きれいられたと思う。
蔓が沢山ある植物みたいな姿、タールのような真っ黒でドロドロな姿… どれも気味の悪いモノだった。」
恐ろしい体験だった。その度に命がけの危険な目に遭ってきた。ワザワイノツカイを思い出し、ネオの手は震えていた。
「悪寒が走るんだ。ぞわっと体の奥から冷えていくみたいな。黄金の鳥にも感じた」
「あれの目的は何だ? ワザワイノツカイって嵐みたいに暴れてよ、人間にはどうしようもできない脅威なんだろ」
ネオはパライアの火の話を思い出した。ザキハに教えて貰った古い時代の方の話だ。黄金の鳥に魅了されて、人々は争い、結果論かもしれないが、国は滅びる。
「我を忘れる程、自分を欲しくて堪らなくする事… 正気を失わせて、奪い合わせ、争いを起こす事が災厄ってことなんじゃないかな… 人を、内側から狂わせるヤツもいた」
王都へ奉公に出た時、店主のメルビルは異常だった。白い服を仕立てることに執着し、目が血走り、感情が抑えられないのか、誰彼構わず怒鳴り散らす。ワザワイノツカイの影響だった。
「………」
ダヒルは先程の感覚を思い出した。目を、心を奪われる、なんて初めてだった。
自分のモノにしたい。誰にも取られたくない。もし手にしたら、いくら金を積まれても、何をされても手放そうとは思わないだろう。そして誰かの手の中にあれば、奪おうとするに違いない。どんな手を使っても。
「噂では鳥は優雅に飛んでると聞いたけど…違ってたな…」
「怪我してたからだろ?」
「…本当に怪我だったのかな…」
枝の火が掠めた時、鳥はあっという間に逃げ去った。弱った鳥にそんな動きができるだろうか。魅了されていたダヒルは、詳しく憶えていないかもしれない。ネオは違和感を伝えてみた。それを聞いたダヒルは、じわじわと眉根を寄せる。
「…鳥ってさ、つーか親鳥だな。親鳥が一番嫌がることは何だと思う?」
「え…? うーん… 雛が捕まることかな」
「惜しいな。ちょっと違う。答えは敵に巣を見付けられること。
自分は逃げられるけどよ、卵とか雛は逃げられないだろ? 巣を見付けられたら終りなわけ。だから、敵が巣の近くに来たら、親鳥は自分が怪我をしたみたいに演技をして、敵の気を引く。ギリギリの所でかわしながら、さりげなく巣から遠ざけるのよ」
「そうか、じゃあ、この辺りに捕獲ギリギリの情報が多かったのも、黄金の鳥にとって近付いて欲しくない場所があるってことか。自分の虜にして、重要な何かから遠ざけようとした」
「まんまと遠ざけられたわけだ。…この俺が鳥にしてやられるなんてよ」
これまで生き物と獲るか逃げられるかの知恵比べをしてきたダヒルには自負があった。黄金の鳥も動きを読むことができるだろうと。只の鳥ではなくても、行動自体は野生動物と同じだった。悔しくて、苦い気持ちが広がる。
「鳥が近付いて欲しくない所が、僕らが探している場所。僕らが近づけば鳥が遠ざけようとする。ザキハさんの言ってた『鳥に追いかけられろ』って、そういう意味だったのか」
「俺らが探してる場所って黄金都市だろ。建物跡が出てきた採石場、けっこうまだ遠くだぜ」
黄金の鳥がワザワイノツカイだと分かった今、ネオはどうやって鳥と戦うかを考えていた。探している黄金都市に鳥を封じた方法が隠されているのではないか。
「伝承通りなら、鳥は封じられた存在で、何かがきっかけで目覚めたってザキハさん言ってたよね… だから、鳥が一番見つけられたくないのは、自分が封じられた力の源…」
「カミサマの力が凄かったってんなら、民族を守ってたまじない師の居る神殿じゃね?」
黄金の鳥の逃げた森の対面、東の荒野を見る。
「そういうことならよ、あの鳥、神殿に近付いたらもう一回出てこねぇかな。いや、もう会いたかねぇんだけど… 来たら分かりやすいよな」
「そうかもしれないけど… 追い払うことはできても、戦うことはできないよ」
「なんで?」
「神様の名前が分からないと、ワザワイノツカイを倒せるほどの強い効果はないんだよ。それぞれの民族が大切にしてきた神様の名前は、長い年月の民族の思いが篭ってるのか、言葉の力があるんだ。神様を現す文字と読み方。両方が要るんだよ。糸はヒバナで染めたものでいいとして…」
「何だかややこしいのね」
いまいち魔法が何なのかを受け入れきれないダヒルは適当に流した。今は考えることが山積みだからだ。
「場所が何となくこの辺りってことは分かったけどよ、正直何処を掘ればいいのかね。こんな広れぇ荒野、ザキハのじいさんじゃねえけど、何年もかかっちまうよ」
「やっぱり腰帯の謎を解かないと、ダメなんじゃないかな」
「そうだな、腰帯の謎を…」
ダヒルは腰帯を外そうと目線を下げる。そして青ざめる。
「うわあ! 腰帯! こ、焦げてねえか? ヤベえよ! ザキハのじいさんに殺される!」
『汚しでもしてみろ、許さんからな』と言っていたザキハの鬼の形相が頭を過ぎる。慌てて腰帯を外し、黒くなった部分をバシバシと叩く。どうにか焦げが退かないかと頑張るが、どうにもならない様子だ。
「ダヒル、落ち着いて。中の文字が無事ならザキハさんも怒らないよ。…多分」
「そうだな! 中までは焦げてねぇと思うけど…」
縫い目の紐を解き、中を確認する。元々薄かった文字は半分以上消え、焦げなのか黒い点や線が数本現れている。
「ますます不味いぞ… 手がかりが消えかけてる… 俺達、ザキハのじいさんに殺される…!」
ダヒルの顔が絶望に染まる。汗が額からつっと流れた。




