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3

突然飛んできた火に炙られ、そして消火されたダヒルは呆然とした顔でへたり込んでいた。やがて目の焦点が定まり、数回瞬きをする。

ネオはダヒルを覗き込み、目の前で手を振ってみた。


「ダヒル、おい、大丈夫…?」


ダヒルがネオを見上げる。今度はちゃんとネオを見ている。


「…信じらんねぇ… 俺、鳥の事しか…ってかそれ以外、どうでもいいって思って… 自分に独占欲がこんなにあったなんて」


ダヒルが、絞り出すように言う。青ざめて、後から追い付いてきた恐ろしさに混乱しているように、言葉を探している。


「ダヒルがおかしいんじゃない。鳥のせいだ。王都の合同屋舎で騒いでいた人達も同じなんだと思う」

「でも、ネオは…変になってなかっただろ」


きっとそれは自分の持つ力と、刺繍が守ってくれたのだ、とネオは思った。同時に、伝える時が来た、と思った。


「それは…これのお陰だと思う」


ネオは握っていた刺繍を見せた。茜色の羽根の刺繍は、端の方が黒く変色していた。


「店に来た時、僕の刺繍が御利益ありそうって言ってただろ。ダヒル、イイ感してるよ。

僕の刺繍はね、魔法なんだ」

「…何言ってんだよ。不思議な力は治療することしかできないだろ? 神父様がそう言って…」


ダヒルはハッとする。今迄真実だと思っていたことが真実だとは限らない。それにダヒルは一度見ている。刺繍を刺すネオの体が、神父が治癒の際に魔法を使っていた時の手と同じように、光を帯びていたのを。


「…魔法って何ができんだ?」

「守ることだよ。人々を悪しきモノから守ること。昔はそれぞれの民族に不思議な力を持つまじないしが居て、皆を守ってたんだって。必要なのは自然の力、人の魔力、そして神の力。民族が信じる神様の名前が要るんだ」


昔の民族のことなど考えたことがなかったダヒルには、信じられない話だった。


「皆、自分の先祖のことを知らない。忘れてる。忘れさせられたんだ。僕は自分で決めた。自分の生まれを誇りに思い、伝統を受継ぐことを。国に逆らっても、知る自由を奪われたくない」


ネオは出来る限り感情を混ぜない低い声で、ゆっくりと伝えた。


「僕は、糸染めと刺繍の技を紡ぎ、光の神様を信じるオヤ族の血を引く者」

「………………初耳すぎてついていけないんですけど」


ダヒルは何と返していいか分からず、それだけ言って黙った。これまでの不思議なことと、魔法という言葉を反芻(はんすう)する。


…なんて脆い響きなんだろうと思った。


皆が持ってる訳じゃない、不思議な力。常識から外れ、仕組みを解き、その力を使っているネオ。

羨ましい。普通なら、そう思われて当然な存在だ。それが、この国では、使うことはおろか、口にする事も出来ない。

ネオの瞳に陰が差した理由、覚悟という言葉の意味の一端が、分かった気がした。


「御利益も体験済みだからな、俺は。だからお前が魔法だっつうんなら、信じるしかないよな」

「…ダヒル」

「でもよ、何で魔法と刺繍が関係あるんだ?さっきの… えー…自然と魔力と神様だっけ?その必要三箇条に入ってねぇじゃん」

「僕にとって自然の力を取り込む方法が、刺繍なんだ」

「取り込む方法?」

「僕が使ってる刺繍糸、自分で染めたものなんだよ。糸紡ぎから染料作り、糸染めまで、ばあちゃんに教わった。染料は草木で作る。これで自然の力を貰うんだ。使いたい魔法を連想する色の糸で神様の名前を綴ると、ワザワイノツカイから人を守れるくらいに強い力になる」


ネオは羽模様に綴った茜色の刺繍を一つ撫でると外套の内に仕舞った。


「…十年前、村でワザワイノツカイが出た騒ぎがあったの憶えてる?」

「ああ」


子供の頃の重い記憶だ。時々、夢に見るくらい。


「あの日、ばあちゃんは僕が初めて刺した刺繍を持ってたんだよ。うちで紡いで、染めた糸を使って作ったんだ。喜ばせようと思って、こっそり用意した贈り物だった。特別な物にしたくて、ばあちゃんが大事にしてた服の刺繍の模様の中から、暖かさを感じたものを真似して… その時は知らなかったけど、その模様がオヤ族の光の神様を表す文字だったんだ。

ばあちゃんが言うには、死を覚悟して、心の中で神様に祈った時、刺繍から光が延びてワザワイノツカイが消え失せたって。その日の夜、知ったんだ。自分の祖先の事、モーベロン様以外の神様の事、自分に不思議な力がある事」

「……」

「知っている人はほとんど居ない。だから、僕が捕まって牢屋に入れられたらダヒルのせいだから」

「マジかよ。変な圧掛けんなよ。じゃあさ、お前もモックスプナタリオンの噛み痕があんのか?」

「無い。…と思う。見当たらないんだ。もしかしたら、自分じゃ見れない場所にあるのかも」


不思議な力がある者とない者。その違いが神父の言う通り、モックスプナタリオンの噛み跡の有無なのかを確かめようと、昔、自分の体を見てみたが、子供の頃見た、神父の足首にあったような二つの痣は見付けられなかった。


「ダヒルに渡そうと思って刺した刺繍がさっきも守ってくれたんだ。神様の字も名前も分からなかったから、何にもならなかったかもしれないけど… なんとか守れて良かった」


ネオの顔が緩んだ。一方ダヒルはまだ恐れと当惑の中にいた。


「鳥の…声が…一緒だった。昔聞いた、ワザワイノツカイと」

「うん」

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