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旅が順調にきている事を確認したところで、ネオは草枕を整え直し、布に包まった。目を瞑ると少しずつ疲れが染みてきて、すぐに眠ってしまった。


ダヒルは近くに座り、その寝顔を見る。急に押しかけた自分の旅に、付いてきてくれた親友。小さい頃よく遊んだことを思い出す。自分が捕まえた生き物を見せると、とても嬉しそうな顔をしていた。


久しぶりに会ったネオは陰のある顔つきになっていた。


昨晩見た、ネオの体を包んでいた淡い光が陰を落とした原因だろうか。それに、ザキハの所で腰帯に触れた時…ネオは暖かいなどと言っていた。自分の腰に着けている帯に触れてみる。…だが特に熱を感じることはない。

ザキハとネオのやり取りの中には、ダヒルの理解が及ばない所があった。ネオは「追々説明する」と言っていたが、その追々とやらは未だ訪れていない。

ダヒルはネオからそっと目を反らした。火の揺らめきを見詰めながら、腰帯の謎について考える。


黄金郷へ辿り着くのは罪深い者のみ…


罪深いとはどういうことだろう。罪を犯す事は褒められたことではないのに、罪深くないと辿り着けない。であれば、善良な自分達は辿り着けない事になるではないか。

見張りの交代時間まで、ダヒルの頭は謎の究明に費やされた。浮かんだ可能性を練っては捨て、練っては捨てを繰り返す。


「腰帯の謎を考えてたんだが…」


見張り交代の時、起き抜けのネオにダヒルは練りに練った推理を述べる。


「何か罪を犯して、更生すればいいんじゃね? 生まれ変わって違う世界が見えるようになるとか」

「………ダヒルは一回寝た方がいい」


ネオはダヒルの頭に布を被せ、休むように促した。頭も体も疲れていたのか、すぐにグウグウといびきが聞こえてくる。

ダヒルの説は絶対違うと思ったが、あれでも一生懸命考えていたのだろう。ああは言ったものの、何か分かっているかと言われれば、違う。ネオも腰帯の謎は全く分からなかった。


この国は他文化を許さない。木教以外の神を許さない。知ることすら罪になる。


村に居た神父が知についての教戒をよく口にしていた。もう何度も聞いた『知りすぎた男』の話。

『パライアの火』は過ぎた力や欲望は破滅を生むという戒めの話だったが、『知りすぎた男』は余計な知識は平和を乱すと教えるために使われていた。

教会学校や祈りの日に、いつも神父は「何事も無く、平和な一日が訪れたことに感謝し、平和は賢明な王によって築かれたものだということを忘れてはいけません」と説いた。


余計な知識は恐ろしい考えを持つ根源であり、世に混乱を招く。木教の教え、唯一神モーベロン様のご加護、賢明な王により与えられし恩情を信じる限り、我々は幸せに暮らすことができるのだと。


ネオはそんな神父の話を聞いて感じたことがある。


神様は本当にモーベロン様だけなのだろうか。


暖かな太陽、冷たい雨、厚い雲に輝く月。山に川、草木や花にも命があって、それを見守るのが神様だとしたら、それぞれに神様が居るとは皆思わないのだろうか。神父の話を聞く度に、思いのズレは大きく(きし)む。


ある日の教会学校で皆が帰ったあと、ネオは神父に思っていたことを聞いたことがあった。


「神父様、神様は本当にモーベロン様しかいないの?」

「おや」


神父はいつもの穏やかな顔でネオの方を見た。


「ネオ君はどうしてそう思うのでしょう」

「森も山も空もお日様も風も、皆全然違うでしょう?僕たちみたいに一人一人違うのと同じように。だから、一人だと思えなくて…」

「森羅万象、世界の全てがモーベロン様なのです。万物を司る力があるのですから」

「でも…」

「ネオ君」


神父の答えに納得の出来なかったネオは言い募ろうとしたが、ぴしゃりと制された。


「子供と言えど、他に神が存在するなどという邪道な思想は口にしてはいけない。邪教や劣等な文化の信奉は罪人の所行です。相応の罰を受けることになりますよ」


分かりましたか、と言う神父の目は氷のように冷たかった。大罪を犯した者を見る目だった。

他に神様が居るんじゃないかと思うのは、そんなにいけないことなのだろうか。

これ以上、この話をしてはいけない。聞いてはいけなかった。手先が、足先が、頭の上が寒々しい。体の中心に向かってスッと熱が消えていく。ネオは頷くことしかできなかった。


「よろしい。誤った道を正すことも私の役目ですからね。木教を信じていれば安寧(あんねい)が約束されます。次の教会学校でも待っていますよ」


神父はいつもの穏やかな顔に戻っていた。ネオはとても嫌な気分だった。早く教会から離れてしまいたかった。神父に一礼し、一度も振り返らずに外へ出たのを憶えている。

世界を作った偉大なモーベロン様。今が平和なのもモーベロン様のお陰。神父の教えは木教が絶対正義であるという考えの押しつけのようで、口の中が苦くなった。


神様とは何なのだろうか。


少なくともネオはモーベロン様のご加護を感じたことはなかった。木教の教えの真偽を問う術は無く、唯一、目に見える恩恵といえば、教会で施される治癒魔法。だが、祖母のボンジュが薬草に詳しいこともあり、ネオは教会で治療を受けたことはなかった。ネオも受けてみたいとせがむこともなかった。老衰以外の死も、この世にはあったからだ。治癒魔法といっても決して万能ではなく、大怪我を負った者や、大病を患った者は助けられないことを、知っていた。小さな傷は癒やせて、そうでなければ天命だと言う神父の言葉を、ネオは摂理だとは受け入れられなかった。


皆は本当に教会の話を信じているのだろうか。しかして、それを聞くのはいけないことなのだと、ネオはこの時悟った。あれから教会学校へ行くことは殆どなくなった。


罪深い者… この国にとって今の自分は罪人になるんだろう。腰帯はダヒルより自分が付けた方がいいのかもしれない。


まだダヒルに伝えていないことが頭を過ぎり、ネオは思う。

パチリと焚火にくべていた木が折れた。赤い火のくずが溢れる。小さな火を絶やさぬように、夜明けまでネオは木を足し続けた。

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