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王都をぐるりと囲むオーケの森を抜けると、しばらくは木が点々と散らばる平地が続く。
季節は百の花咲く春から、若木萌ゆ夏の色に変わる頃。朝夕はまだまだ寒いが、天気のいい日はほんのりと暖かい。
二人とも初めは慣れない瘤に戸惑ったが、マルセイユの背の乗り心地は悪くなかった。
「いい天気だなあ」
前方のダヒルが呑気な声を出す。
「腰帯の謎を解いてよ。その温まった頭で」
「そうだな!じゃあ、分かりやすそうなところから行くぜ!後半の『禊ぎ贖え、我を具して』………
…ねえ、具してってどういう意味?」
「……備えるってことだよ。連れ立つって意味もあるけど。
『我』がこの腰帯を表しているなら、帯を身に備えてってことじゃない?」
「ははあ… ということは、この腰帯をした状態で何かしらの禊ぎをするってことだな」
「それを考えてよ」
二人はあれこれと言い合っていたが、これだ!というような話は出てこなかった。
その間も、マルセイユはどんどんと進んでいく。坂でも、凹凸の目立つ路でも、ペースを崩さない。上下の振動も馬より遙かに少ないので、長距離の移動や荷運びには最適な手段に思えた。これなら三日ほどで到着するだろう。
「お、水場があるっぽいぞ!」
王都を出てからおよそ八刻。日が傾きかけた頃に小さな石碑を見付け、ダヒルが声を上げた。
石碑は交易路の随所に点在する指標である。一つ一つに指標である証の模様が彫られ、湧き水や川が近くにある時には指標模様の他に、水場を表す模様も彫られている。ダヒルが見付けた石碑には、その二つの模様があった。
「じゃあ今日はこの辺りで休もう」
日没になる前に野営の準備を済ませようと、二人はマルセイユから下乗した。道の脇、石碑の周辺は木が払われた場所があり、そこを野営地として利用できる。以前誰かが使ったであろう、石を組んだ竃の跡もある。ダヒルに荷物を任せ、ネオは手鍋と手ふき布を片手にマルセイユの手綱を引いて、石碑から分岐した細いけもの道に入った。
「モッセリがあるといいな、マルセイユ」
木々の向こうから水の音が聞こえる。茂みを漕ぐとチロチロと澄んだ水が流れる小川があった。瀬には茎が短く四方に枝分かれした、瑞々しい三つ葉の草が群生している。モッセリだ。
他にも水辺に生える草が十分にある。草を食むマルセイユを近くの木に繋ぎ、ネオは布を袋状に弛ませ水を掬った。布の下に手鍋を置き、濾した水で一杯にする。モッセリもマルセイユの為に沢山摘んで野営地へ戻ると、ダヒルは火を熾し、切って枝に刺したカチカチパンを炙っていた。
「温めりゃ柔らかくなるよな」
熱々のパンを指で突くダヒル。パクリと一つ口に放り込む。咀嚼するダヒルの口からは、岩でも噛んでいるのかと思うくらいのガリゴリという音がしている。
「更にガチガチになってしまいました」
「…保存は利くから旅にはいいんじゃない?」
「唾液が搾り取られる。せめて山羊の乳があればなぁ」
「お湯沸かすから。それで我慢して」
「あ、濾過筒持って来てねえよ。まぁいいか。沸かせば」
「一応手ふき布で濾してきたよ。やらないよりはマシだろう」
川などで汲んだ水は普通、不純な物を取り除く為に炭や軽石を内蔵した筒状の濾過筒に通す。お腹を壊さないように、水は一度煮沸しなさいと、小さい頃から村で教えられた。ネオは手鍋を石を組んだ竃にかける。
暫くすると水がぶくぶくと煮立つ。ネオは取っ手付きの湯入れに湯を注ぎ、布袋を取り出して、中身を入れる。トルコス商店に調味料として売っていた岩塩と砕いた干し茸に、乾燥させた香草と香辛料のみじん切りを混ぜ合わせたものだ。スープとまではいかないが、野外で味わう分には十二分である。パンを浸せと、ダヒルに渡してやった。
「こんなんも持って来てんのか」
「ちょっとの旅だからいいだろ」
ポロッポ鳥の串焼きも火で炙り直す。塩で味付けられた肉は温められて油が柔らかくなり、ジクジクと芳ばしい匂いをたてる。
「肉は美味ぇなあ」
王都で肉を購入しておいてよかった。乾物やカチカチパンだけではどうにも満足感が無い。暖かい食べ物は心まで満たされる。昼に食べたモウジュー牛のステーキサンド、中々だったが暖かければもっと美味かっただろうとダヒルは思った。
「モッセリも食べなよ」
「それマルセイユの食いもんだろ」
「人も食べれるよ。ホラ、野菜は持って来てないんだから」
渋々ダヒルはモッセリを口に入れた。噛めばしゃくしゃくした歯ごたえがあり、水分が溢れ、苦みを含んだ香りがスッと鼻を抜ける。しかし、中の筋が硬く、中々噛み切れない。
「味は悪かないけど、固ってぇな」
長いこと口をムグムグと動かしているダヒルの後ろで、マルセイユも座って口を動かしていた。
「全部食べるからだよ。上の柔らかい所だけ食べればいいのに」
「口に入れる前に言ってくれよ」




