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「伝承を読み解くには書物だけでは足りん。一番の手がかりは… ああ、あったこれだ」
ザキハが持ち出したのは腰帯だった。なめした動物の皮を二つ折りにして縫い上げている。古い物なのか、大分くたびれていた。
「革製の腰帯ですか… 細工などは特にないんですね」
「百年以上前のものだ」
「古い腰帯がどう関係あるんすか」
ダヒルは床拭き掃除の布を触るように、ぞんざいに腰帯を摘まみ上げた。
「おい、これが一番の手がかりだぞ。汚しでもしてみろ、只じゃおかんからな」
ザキハはダヒルから帯を奪い返し、裏側の縫い目にある糸を引っ張った。解かれた皮の内側に何か模様がある。
いや、模様ではない。
「文字だ。あ、これモックス語で書かれてある」
薄くて判別しづらいが、文章が書かれていた。ザキハが読み上げる。
「罪深き者のみが黄金郷へ辿り着く。禊ぎ贖え、我を具して」
「…ザキハさん、これは?」
ネオが興味深げに文字を目で追う。
「今から八十七年前、テッキンコンで手に入れた、と記録されておる」
「…記録されている?」
「わしが直に手に入れた物ではないのだ。ここの元主は何でもかんでも集める癖があったからな。建物ごと譲り受けたんだ」
「黄金郷とは書いてっけど… 意味わかんないし、何で手がかりって分かるんすか」
「それを今から確かめろ。おい小僧、何か感じるか」
ザキハに促され、字を指でなぞるネオ。
「…はい。温かいけど… どこが、この部分が、という感じでは無くて… はっきりとは分かりません」
「簡単にはいかんか。まあ、わしも文の意味は分かってないしな。だが熱を感じるならば、謎を解く価値はあるだろう」
「なあ… 触ったくらいで何が分かんだよ」
「追々説明するよ」
ネオとザキハのやり取りの意味が分からずダヒルは割って入ったが、遮られてしまった。
「何処までが原文か分からんが、黄金の鳥を隠した、が本当ならば、鳥は何かがきっかけで目覚めたのだ。それを突き止めんと、黄金の場所は分からんだろうな。鳥が飛び回っとるのにも、何か理由がある筈だ」
「まるで自分を追わせているみたいですね」
「うむ… そうだ。お前達」
眉間に皺を寄せていたザキハがハッとしたように言う。
「黄金の鳥を追え」
「え?」
「いや、追うな。追いかけられろ。探すべき場所へ近づけるだろう」
「どういう事っすか?」
「ああ、もう。いちいち説明せんと分からんか。全く。
いいか、鳥が伝承通りだとすれば、国が滅ぶきっかけとなり、隠された存在なのだ。何かのはずみで目覚めたのならば、自分を閉じ込めた忌まわしい場所は遠ざけようとするだろう。帯の言葉の謎を解き、鳥の動きを読め。黄金郷へ辿り着くにはこの二つを満たさんと無理だろうな」
「マジっすか…」
「今分かることは以上だ。ほれ、もう帰った帰った。これを持って行け。謎も解かんといかんだろう。傷つけたら許さんぞ」
ネオは腰帯を受け取ると、開いた部分を丁寧に閉じて、外套の裏に忍ばせた。
「謎を突き止めたらまた来い。くれぐれも帯は傷付けるなよ」
表へ出るころにはもう日が大分傾いていた。部屋の中が薄暗かったせいで、日の入りの感覚が分からなかった。ザキハの居た建物は日の光が全く入っていなかった。
「ダヒル、宿は?」
「一晩泊めてくれる心優しい知り合いが居るから大丈夫。二食付きで」
「随分親切な人だなあ」
「そうそう、ネオはとっても優しいよな」
「…寝る場所は床しかないよ」
ネオは分かっていた。ダヒルが自分の所に泊まろうとしていることは。もしかすると宿を取っているかもしれないから、確認したのだ。念のために。
ネオの店は一階に商品を置いた受付スペース、廊下を挟んで試着室を兼ねた応接室、その隣に水屋があり、二階の一部屋を私室として使っている。小さいが、王都は物件も高額で、結構無理して手に入れた家屋なのだ。住むのも店の経営も一人だから十分だ。誰かを泊める予定は無かったから、客間など無い。ダヒルは応接室に寝かせようと思った。あの部屋なら長椅子も置いてある。
「この店ってさあ、借家?」
「いや、買ったんだよ。好き勝手に改装したかったから」
「マジかよ。王都だぜ。よく買えたなあ」
「ザキハさんが資金を貸してくれたからね」
「えぇ?あの爺さんが?自分ちはあんな暗れぇし物だらけなのに?人に貸す金があるのかよ。自分ち直せよ」
「…さあ、知らないよ。それより今日は早く休もう」
仕切り布をした応接室へダヒルを押し込むと、ネオは水屋に入る。王都は張り巡らされた水路でもって、多くの建物に水が流れている。ネオの店も細い水路を通し、小さな水だまりを設けていた。絶えず流れる水の音がチャボチャボと響く。水だまりに野菜なんかを入れておくと冷やすことができ、調理するにもすぐに使える。水路に沿って作ってある浅い床蔵はひんやりとして、簡易な冷暗所になっている。
水路の斜向かいにある竃にネオは火を入れた。作り置きのスープを温め直し、ついでにミル麦のパンも木の実入バターを挟んで炙る。
「なあ、肉は無いのか」
渡された夕餉を見て、ダヒルが不平を漏らす。
「無いよ。買ってないもの。ダヒルは持ってないの」
「カチカチパンならあります」
「うちにもパンならあります。柔らかいのが」
「味は悪くねえよ。固いってだけで」
ネオは「冷めちゃうよ」と言って食べ始めた。ダヒルは批難するような目を向けてきたが、黙って食べ始めた。柔らかいパンが美味しい。ミル麦の歯触りの良い生地に、こっくりとした香りの良いバターがジュワッと溶け出し、カチカチパンとは比べるべくもない。
食事を終えるとネオはダヒルに燭台を渡し、おやすみと言って出て行った。
太陽が沈むと、火が無ければやはり暗い。長椅子に横たわると、ダヒルは小さな蝋燭の火を吹き消した。ここにはザキハの所にあったような明りは無かった。
ここまでの疲れもあってか、ダヒルは横になると、うとうとし始めた。現実がぼやけ、意識が不確かな世界に移ろう。




