21
第二人類を宇宙の果てへと追放したあと、ロボットが近寄ってきて言った。大きな渦へ引き寄せられるように、すうっと、辷るように接近いてくる。
折しも、サラがちょうど、『時間停止』を解いたところ―――。
「ユウトサン、建物ノ中ニ、微弱デスガ生体反応ノ、サインガ見ラレマス」
(いま、それ、言っちゃう・・・!?)
(まさか、その展開きちゃう・・・!?)
―――僕は危険度数を漫画とかゲームとかに求めているわけじゃないが、火災はベタだけど、王道だ。非常事態に起こりがちなことであるが、客観的な相対評価というのが存在しない。適切な事例など、いつも歴史にあるとは限らない。また、当人となればそうだ。避難経路のインプット、徹底した避難訓練というケースバイケース。『電車事故で非常扉を開けないまま死亡してしまうという海に車が落ちた時に金槌をそなえていないような話』・・そんなことは起こり得ない、誰もが笑う、でも、周囲が自ずとそこに作り上げた一過性の災難を潜り抜けるための適切な判断を発見することはそれぐらい難しい。実際、適切な判断をしていても死ぬ時は死ぬのだ。人生はわからない。
ゴウウウ―――ウウウ・・・。
ガタガタ―――ギイイイイ・・・ドン・・・・・。
プロメテウスはゼウスに無断で、火を大茴香の茎の中に隠して、人間に与えた、というギリシア神話を思い出す。また、滅茶苦茶な話もある。ソドムは男性同性愛者の町、ゴモラは女性同性愛者の町だった。主は、これらの罪深い人々を滅ぼそうと決め硫黄の火を降らせた。
―――おそろしき罪の巷。
何者の問いにも容易に答えることはない、火精の如きすさまじい勢いの火炎。おそらく内部では、火が吹きつけて、火の粉で眼もあけていられないに違いない。僕を含めてであるが、それを想像した動物たちの顔色が一瞬かにして変わり、固く緊張し、鋼鉄の扉のように鎖される。まだ知らぬ砂漠の真昼の熱風―――いや、少なくともサウナよりも暑そうだ・・・。
ロボットの周囲にいる動物たちが、心配そうに覗き込んでいた。
「ロボット、何処にいるか―――わかる?」
「ユウトさん! 何言ってるんですか、いけません!」とサラが言った。
血相を変えてくる。
「でも、―――じゃあ、見殺しにしろって言うの」
「警備ロボットが―――」
僕もそうしたい。本当はそうしたい。
―――だが、一秒を争う。いま、行って間に合うかどうかさえもわからないのに、警備ロボットを待っていられない。できるなら、『ご都合主義的な時間停止の恩恵』に授かりたいという夢物語を思い描くが・・・見ろ、現象を歪めた結果、事態はものすごく悪化している。
僕はまた、『面積』と『深さ』という火傷の話を思い出す。それから『空気の通り道』である気道なんかだと即、生命にかかわってくる。医療ポッドは最高に無双だ。でも、死んだ動物の魂を甦らせてくれるような絵に描いた魔法ではない。
「駄目だ、一刻を争う」僕はサラに言った。
突入を決意する、弱点も欠陥も備えている一個の人間であるが―――パワードスーツを着ている、いまの僕なら、チャンスがある・・縄跳びに入っていくようにうまくタイミングを見計らう。
「ユウトサンガ、行クナラ、オ供サセテクダサイ」とロボットが言う。
そういう、形勢まかせのこの状況で、意味深長な空白。
「わかりました、わかりましたから―――」
サラが、眉間に皺を寄せて僕の前に立ちはだかった。
「でも、その前に、パワードスーツとこれを同期させて」
何かのリモコンのように見えるが、〔SWITCHボタン〕が見える。押す。何かの微細な起動音がして、僕の掌の少し上に〔透過ディスプレイ〕が浮かぶ。サラが、僕の耳元に聴覚接続子を入れてくれる。うまく呑み込めないところはあるけれどインカムのようなものかな、と思った。
―――【接続しました】という声が聞こえた。
―――【同期しますか?】
「同期する」
と言うと、視界に透過ディスプレイが眼隠しのように覆いかぶさった。
―――透過ディスプレイに、こんな機能があるとは驚きだ。目まぐるしくスクリーンの中で、数値や記号が飛び交う。〔パワードスーツの状態良好〕という表示が出た。上下左右や斜めや中央方向からスライドするワイプ映像で、サラの様子や、監視カメラの映像などが表示されている。
また広い視点の音響設計―――映画を3Dサラウンドで楽しんだ後に突然ステレオの音が鳴ると、非常 に違和感を覚えるようなことがあるが、細かな提案をいくつもクリアしている環境。
「行きますよ」
サラを追いかける。また、ロボットは格闘技モードへ移行している。疾走。アナウンスに加えて、様々な状況を分析してくれる。様々な次元を一つに統合しているような印象がある。また、こころなしか、パワードスーツの能力に+αが加えられたような実感がある。処理効率の改善データの書き込みや移動、削除の繰り返しで断片化したファイルを、連続した領域にまとめて配置する最適化というやつかもしれない。
《中央玄関です》
―――扉を開けた瞬間に物が落ちてこないか気をつけてという指示が出ている。的確だ。内部崩壊の進行はいまや複雑怪奇な生物へと変貌している。そう、扉を開けると、火の素晴らしいおもてなしが待っている。地獄の窯蓋の旋律。
《現在地は中央玄関から入った、中央広間です。》
―――天井にはステンドグラスがはめこまれていたらしいが、爆発で割れたようだ。その広さは二六七六五平方メートルらしい、天井までの高さは三二.六二メートル。まったくいらない情報だ。
―――しかし観光していたら、こういう情報はありがたかっただろう。
「ユウトさん、全力ダッシュです」
言われるまでもない。
これは深淵の上に架かった半ば壊れそうな橋だから。
「了解」
《頭上のステンドグラスにお気をつけください》
《前方―――階段距離が一〇メートル》
《九、八、七・・・・・・》
《頭上斜めから、木材が落ちてきます、回避してください》
―――回避する。
とんでもなく便利な代物だ。済し崩し的に侵入していたら、多分そこで僕の身動きは止まっていただろう。またサラやロボットと〔同期〕している状態らしく、サラの発言や、国会議事堂内の見取り図がイラストレーション形式でわかる。ロボットが監視カメラを使って生体反応の映像を探っていることもわかる。また、そんな暇もないが、百科事典や書籍などのピックアップもしてくれている。全面的に所有し構成する純粋な意識対象ではなくよりゲーム感覚なのが嬉しい没入感覚。擬似脳さながらの神経伝達。ヴォリュームアップ仕様の調整接尾。
だからこそ手綱を緩めることなく、次の目標を明確にできる。
テクニカルなリフや中盤の長いギターソロ――。
砂漠から森林へ入ったような落着き、もっと言えば優しい妖精が案内してくれる展開。あるいは、ひたすらに鋤きかえして種子を蒔く、がより正確か。それにしても国会議事堂って、本会議が開かれる、テレビで放送される、議員が居眠りぶっこいてる場所という印象しかない。残酷な無機物の集合、僕等の政治、僕等における民主主義―――。
社会の授業で習った、三権分立というのを、思い出す。
ともあれ生存者は、この階段を昇った先にある、―――【御休所】
《火炎レベル甚大、窒息の恐れがあります。》
何処にそんな知覚や空間があるのかはわからないが―――透過ディスプレイは、背後だけではない、前、横、上に拡大していく。こんな風に見えたら、消防士の人命救助って本当に楽だろうな、と思う。
《パワードスーツで酸素の生成を始めます。》
貴金属の鉱脈のような一種の伝統。
ダウジングでもしているような気持ちになる。
スムーズな作動フィーリング。 機能的でスタイリッシュ。
《マスク装着します。》
―――何でもありなのか、未来って思えるほど、スピーディな展開。
《二階です。『御休所』の扉の前は塞がっています―――》
「押し破れるか?」とサラに言っているつもりだったが、
《問題ありません―――生存者方向確認しました・・》
飴を流すような声という風に思った。
《実体変化します。》
どういう仕組みかはもうさっぱりわからないが―――僕の手元には拳銃のようなものがある。というか、火事で火の気を使うってどうよと思うが、もはや多くのことから学ぶのは教訓だけである。それが狂気であろうが対象化されない他者の視点の中では容認される。
《狙いをつけてください―――ロックオンしました》
速やかな接触と位置付け。
ランダムにうつしだされた心の悪魔のような影。
《撃ちます》
おおよそ拳銃のようなものだからと思っていた僕がいけなかった。
一種の掏摸めいた手品。
ヴィイイン―――という妙な音のあと、了解可能な変異のように、ビーム砲が扉を溶かし尽くした。滅茶苦茶だった。でも、道は開けた。一切問題なし。僕とサラとロボットは中へ入る。贅を尽くした部屋―――豪華絢爛。だが、こうなってしまっては赤い筵かもしれない。頑丈な設計も、鰐のパックリ開けた口の中では滑稽だ。
絶対王政化のブルジョア的世界観の秩序―――。
何だか、魚の腸のようにも思えてくる。
―――でもどうしてこんなところにいたのだろう?
―――かくれんぼでもしていたのだろうか?
僕はぼんやり想像しながら、周囲を見回している。
倒壊まで、後どれぐらいの時間があるだろう。
じりじりする僕に、声が響いた。
《発見しました。座席の下にうさぎの子供がいます》
―――内部に、電球の内側にも似たあかるさが戻ってくる。
「やりましたね」とサラ。
アメリカ人さながら、鳥が立つ時のように翼を拡げた動作をしたくなる。
《気を失っているようですのでお気をつけ下さい》
《生存確率一〇〇パーセント、保護します》
サラが慎重に抱きかかえると、揺りかご状の空間がうさぎの子供を包んでいた。どうやら、安全を確保するためのものらしい。というか、そんなものがあるなら普通に最初から使え。
というか、僕に使え。サラに使え。ロボットに使え。
―――勝手を知らないと、こんなことが平然と起こる。
でもその瞬間だった、ロボットがビームサーベルのようなものを振りかぶって襲い掛かってきたのは。マグネシュームを燃やすような瞬間の叫び声。迫力を欠いた、けれども、ねっとりと吸い付いてくるような、謀反。裏切り―――病を正常化した疎外のかたちをつくりだす状況。鋸歯状山稜。
《回避できません―――》
―――回避できない。
や・・・やっ、やられる―――。
《これより緊急防御プログラムを開始します》
複雑な折紙細工の畳み目。
お・・・おまっ―――が、正確な僕の反応である。
リアクション芸人の漬物樽的な濃度。
《身体を屈めます。背後よりバリアーを形成します。》
無理矢理、身体を屈めさせられる。
極端な話、ビイン・・カクンとさせられた。
効果的に衝撃を吸収・分散させる。
ガギィイイン、と盾のようなものが形成された。というか、こんなものがあるなら、最初から使わせろ、と一瞬思った。棒鱈を見たような歯切れ悪い気持ちになる。サラがほっと胸を撫で下ろしている様子が見て取れたが、なるほど、どうして僕にこんなことをさせたのかわかる気がした。
「ユウトさんが言った通りになってしまいました」
水族館でくらげでも見たような調子。
押し出してしまった後の絵の具のチューブのえれえれ具合。
サラが、首を振りながら言う。
>とは言うものの、サラだって薄々は感じていたはずだ。
>そうでなければ、僕の発言にあんな風に肯いたりはしなかっただろう。
正直言うとだが―――僕は最初に第二人類たちが僕を誘拐したあの時から、ずっと、何かがおかしいと思っていた。ギクシャクする、何かを見落としているような気配。それに加えてだが、どうやって超能力を無力化される手錠を外したのかという鉄製の機械のような疑問。そこには状況証拠しかなかったけれど、僕の推理は、おそらく第二人類たちはロボットのコンピューターをハッキングしたか、ウィルスのようなものを仕込ませた。それに―――。
超能力者が普通に脱獄できるとは思えない。そうなってくると、責任者権限を持ってる人物が怪しいと思えてくる。その候補の一人が、ロボットだった。考えにくいこともあるし、味方を疑ってかかるようなのは主義に反する。もちろん、サラだってその一人である。無論のことだが、そんな敵が、家鴨のようにお尻を振って軽快に歩いているとは思っていなかったが。人間の論理の公平性の措置は、時に電子レンジに動物を入れたことを法律沙汰にする。
でも過去に対する何らかの状況のかかわりからこういう結果が生まれている。僕が睨んだところであるが、ロボットの頭に載せた時に起動した。抵抗や防衛の神凪状態。ともあれ僕は第二人類との人質交換に臨んだ時にポケットに忍ばせていたものがある。
僕は膝頭の負荷を感じながら、立ち上がる。
(ロボット―――君には致命的な弱点があるんだ)
サラが教えてくれたのだ。
僕はロボットにペイント弾を投げつける。眼潰し、である。しゃちほこばった技術に赤子の手を捻るような脆弱性が、ある。ビームサーベルで斬りつけようとするのを、サラが妨害する。人間だったら、回避できないスピ―ドだが、優秀さは時に二つの選択肢を選んでしまう。ようは、サラが部屋にあった壺を投げ、僕がペイント弾を投げつけたとき、ダメージを低い方を選択してしまう。カチン―――ばちゃん、と壺は割れ、ペイント弾はロボットの視界を覆った。次の瞬間、ロボットは動かなくなった。憐れなほど、単純に。賢いロボットは視界を封じた瞬間、電源を落としたのだ。
ローカルルールの洗礼といったところかも知れない。
緊急事態のプログラムの一つ。ロボットは、停止する、完全に―――。
最後の最後まで手を焼かせてくれる、第二人類に溜息をつきながら、―――本当に蛇だな、と思った。いや実際、サラに教えてもらった限りでは、彼等は『蛇』ではなく、『人類の生き残り』であったらしい。まあ、思えば思うほど、サラの間違いを責めたくもあるが・・。
吸いこんでゆく、聴力と提携する反動力の日常的な螺旋。
川は水の流れのように来た。
「サラ、ウィルスの除去はできるかな?」と言った。
格闘技モードの、どことなくシュッとした細身の顔もいいけれど、いつもの、どこか間が抜けているロボットの顔を思い出す。友達というには、僕はロボットと何かがあまりにも違うかも知れない。たぬきやあらいぐまやレッサーパンダとだって違うとは思うけど―――やっぱり、傍にいてほしいと思える。仲間、友人―――あるいは人類のやさしさ、として・・。
「任せてください」
僕はロボットをひょいと担ぎ上げる。
でも、担ぎ上げながら、はたして『パワードスーツ+透過ディスプレイ』という組み合わせがなければ、こんなことが出来ただろうか。疑問に思う。偶然と言ってしまえばそれまでだが、サラのことを一瞬、怖いような気持ちで見つめる。何千年も生きているサラはとうの昔にこうなることぐらい予想できていたんじゃないだろうか―――いや、それは考え過ぎだ。
でも、そんなことを思いたくなる一瞬がある。もし、第二人類がサラを洗脳していたらどうだろう、とは考えたくもなかったが。
「―――帰ろう」
それにしても冷蔵庫が増えてしまったな、と思う。
そう思うと、何だか無性に笑いが込み上げてきた。
サラが呆れたようにこちらを見ている。
確かに、不謹慎だ。時限爆弾のほかに、第二人類が何か仕掛けているかも知れない。ロボットが証明済みである。でも、物干し竿にマグロを引っ掛けているような変な光景を想像する。瞬きをすることさえ、もう億劫な刹那の瞬きの瞬間めがけて、僕等は走り出す―――新しい世界の入口へ・・・。




