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【―――ヴァリス・政治スペース】
施設の中心ともいえる建築物。国会議事堂を模した建築物。その中には、円卓の議会室がある。政治のそのなかには分裂症的な情緒不安定があり、健忘症の微行が見られる。排斥は違うのではないか、それは欺瞞というのではないか。立場上の仮面と職業の仮面が織りなす不満分子の摘発。大がかりなデモ活動の取り締まり。輝かしい歴史もとうの昔に幕を閉じた。ルネッサンスの波に押されて貝という舞台とともに登場したヴィーナスのうろんげな表情を思い出す。
その政治スペースの建物の庭先にある空き地に、たぬきと、あらいぐまと、レッサーパンダがいた。彼等のみずみずしくふくらんだ愛らしい挙動はいまやほそい眼の線となって、俯附いていた。チェックメイトする。狭い咽喉につきあげてくる、恐怖の声・・。
スクリーンのなかで耳を切り落としたり眼球をくりぬいたりするシーン。
垂直な視点―――六段か、七段かの階段を上ってゆく。
角度Aと角度Bと二点間の距離xと目の高さhによる世界・・。
その横には、第二人類たち五人が逃走の抑止力となって、紙芝居のような滑稽さ、永久に紙にしみついて動かない―――緊張・・。
古くなった蜘蛛の巣、だらけた網。蛆のように親密な汗・・。過剰な恐怖を抑制するための脳内ブレーキメカニズム。アーモンド型の小脳扁桃というニューロン群に送られる。
前面側に対向するように設置された偏光板。
嘘や迷信が空間のなかで蝙蝠のように孵化する・・。
ややもすれば、怯えた犬のような悲鳴をあげそうになる。だが、そこにサラや、ユウトの顔が見えてくると、もう、ただの飾り物ではないという面になった。思考がショートする、細かい硝子屑のような飛沫・・。窮鼠猫を噛むの精神―――がそこにあった。
一度開けばパンドラの箱、どうすることもできまい―――。
ユウトは第二人類と同じような囚人服を着ていた。交渉は大掛かりな麻薬密売のように速やかに行われようとしていた。イスラエルの法廷でヒトラーの『わが闘争』を読んでいない、と、宣言するようなもの・・・。
「―――そいつをこちらに渡せ」と第二人類が言う。野球帽をかむった男が。
酸素濃度が低いと火は燃えにくい。アーク灯より、エジソンが発明した白熱式の方が魅力的でやわらか・・・・・・。
「―――慌てないで、逃げもしないわ」とサラ。
サラがユウトを連れて、じりじりと近寄っていく。たぬきや、あらいぐまや、レッサーパンダが一瞬暴れようとした。狂気だった。狂気は伝染する。にゃははは、と狂ったように笑った。
「何、笑ってやがる」と、軍帽が言う。「気でも狂れやがったか」
ちゃっちゃかちゃかちゃか―――ダンスじゃねえ!
秋葉系オタクさながらの息遣い・・。
ロシアのモスクワのホームレス犬を見習うような態度。
たぬきとあらいぐまとレッサーパンダが上にのぼって組体操の塔を作った。
言葉は疲労度を増し、もはや譫妄状態となり、スパークを起こす直前。
その効果時間は一秒から二.五秒。
「ユウト、もういいから帰れ」
「ユウト、馬鹿」
それを見越したように、ユウトが言った。
「困ってる友達を見捨てたら一生後悔するよ」
*
子供の頃の僕には両親という実家という帰る場所があった。
いまは、両親もなく、実家もなく、帰る場所を持たないけれど―――。
この『ヴァリス』が、僕のこれからの帰る場所になる。
そしてそこで暮らす様々な知性ある動物たちを―――。
あの日の父親や、母親みたいに、あたたかく出迎えなくちゃいけない。
ロード・マップの作成―――。
人生の目標の更新。
消毒薬と抗生物質、ガーゼにくるまれた案外的外れじゃない。
―――人生の意味・・・。
*
「お前たちは―――宇宙へ出たいんだろ?」
次の瞬間、サラがユウトの背中を蹴った。
瞳孔の焦点が合って―――いく・・・・・・。
「こんな、交渉は初めから無駄だ」
内部分裂と同時に起動する―――活動抑止の音波・・・。
旧目的地経路から新目的地経路への軌条。動物園の檻三〇パーセント、不安な演出一〇パーセント、訴訟の申請が二〇パーセント、政治スペースの裏が崖がコンクリートで固められて柵があるが二五パーセント、松や杉の匂いが一五パーセントの割合。一同、眼が点になる。檻の中のチンパンジーのように、IQが高いのか低いのかわからない顔。本に書かれた原子物理学や、黒板に書かれた幾何の問題を思い出す。その時、政治スペースの建物に向かってセスナ機が―――。
*
でも、今こそ、奴等に眼にものを見せてやるとき―――。
今こそ、奴等に眼にものを見せてやるとき―――。
*
直撃する。その瞬間、サラが「走って!」と三匹に言う。
オーマイゴッド、を彼等は三回繰り返した。馬鹿騒ぎの決着と充実感。―――眼から白鳥が飛び出した絵・・。
曲率中心や縮閉線や公転運動や自転運動のような場所。
液晶偏光板用保護フィルムの淡いきらめきのような心の中へ。
さりさりに荒れたその瞳は、トンネルの向こうの海のように青い。背後の道は閉ざされ、もう後戻りはできないことを思う。非常時の宣言。保護を―――風景が出口を求めるように移動する。有用性は核弾頭ミサイルに等しい。ユウトは、意表を突かれた第二人類を攻撃する。いそぎんちゃくやなめくじが思い浮かぶ。雷鳴―――サラが指導をした攻撃。俄か覚えでぎこちないが、その瞬間速度、その最高速度が猿のように次々に繰り出されるパンチやキックはパワードスーツによって円筒形の消音機と、格闘技経験者の力を加算されている。夢の続きを汲んでゆく回路が新しい冒険の切符。意志と呼び、対象を変じ、力の量を変えながら、次々に、超能力を抑制する手錠を掛けて行く。それで、第二人類たちはみな地面に足をついた。すっと、ターンテーブルのように位置を変えた。
窒息や恍惚を愛する人間たちの宿命―――。
そこから、つまり様々な方向から雄々しい声が聞こえ始めた。第二人類たちは感じる、切実に自分の人生はこれで終わりかもしれないという恐怖。狼狽し、ぽかんとなっている眼に、立体映像投影装置のように浮かぶ。大量の小さな虫がわらわら出てくる・・。
ライオンや虎、象や河馬が見えた。すっかりまとまった下手な詩のように推測は成り立つが、とまれ、呪文の完全な形がわからない。その数も十や百ではない。サバンナを横切る大群の跫音さながらに、サラやユウトの加勢をする。
―――行き先を見失ってしまう『音』
「止まれ!」と第二人類の縁無し帽子が言った。
耳元にからみつくような声は最後の切り札。
刃物を思わせる、冷たさ。
リクライニング・ソファー感覚の混沌の蔓の最先。
、「政治スペースには時限爆弾を設置したんだ、お前等全員道連れにするぞ」
「誰がお前等みたいな奴と交渉するか」
ユウトがその後頭部に蹴りを入れた。
スプーンで光ったような、主張低音。
ウッと、鈍い苦痛を押し殺すような声。
そして援軍が到着すると、しっちゃかめっちゃかに、第二人類を殴り始めた。
*
あなたの王国よ、あなたがしたいようにしたらいい。この中の誰が死んでも、あなたを恨まないわ。みんな、あなたのために命を賭けたいと言ってる。あなたは喜んでその命を使ってあげるといいのよ。
*
それからユウトが物語の教訓のように言った。
「サラ、異次元の穴を用意して」
それから大分派手にやられた第二人類たちに言う。
たぬきやあらいぐまやレッサーパンダが、ユウトにまとわりついている。
かくて退きながら、また打ち寄せながら、この洞窟の入り口。
淫慾の楽園、遠い国の誘惑、液体の蒸発・・・・。
「―――宇宙への切符をあげるよ。まあもちろん、人も一人もいないうえ、
閉ざされた惑星だけどね。超能力で開拓するといいよ」
突と、薄る。リフレインはシネマの溶暗のように揺らいで、瞼をこすってもこすっても滲んだ、彼等を支点としたダイナミックなコンパス―――。
喫茶店でコーヒーカップに角砂糖を入れすぎてしまう状態。
―――次第に不安にこみあげてくる不安。
カメラのファインダーなしには切り取れない。
自動応答プログラムの故障。
よく啼く背黄青鸚哥。
「時限爆弾―――を・・・」
……ドオオ―――ンンン――――ンンンン……………。
―――ごう、と爆ぜる・・床下から噴出する。
―――そして圧縮した光線のような一条の炎。
しかし、サラが『空間停止』させてしまう。もちろん、空間を停止させるということは、時間を停止させることにほかならない―――となれば、すなわち通常の物理法則が成立しないということにほかならず、つまり停止することによって何らかのアクシデントが起きる可能性がないとも言えない。慣性の問題もある。つまり急速に炎上するとかいう効果だってないとは言い切れない。
だが、これも折り込み済。
空気の壁がそこにあるみたいに、スルーッと回避モード。ATフィールド。
ユウトとサラは、政治スペースを破棄することを最初から検討していた。現代のピラミッドの中の白内障の眼、ブラウン管モニタの画面は残像―――。
最高にまずいBGMとはらわたを食い破るエイリアン的シチュエーション。
「うるせえ」
本日二度目のユウトの縁無し帽子への後頭部への蹴り。




