16
【―――ヴァリス・繁華街スペース】
無意識の浸食作用。小さな泡がいくつもはじけるような純粋な誘惑。ガヤガヤガヤガヤという暗い影へ畳み込むような物音がしていた。少しずつ拡がりを見せるようで拡がらず、張り詰めてゆく。ロボットに連れられて歩きながら、まるで僕は火に焙られたするめいかだと思う。
一つのことを堂々巡りとするように、段々耳障りに思えてくる音・・。
この距離感の白々しさは人生という舞台においては一つの確たる意識である。自分ではこうだと思いこんでいることが、実は全然そうではなかったということはよくあることだ。世界はまず、視界の果てに吸い込まれ、自分が何処の誰でどういうことをすべきかを思い出さなくてはいけない。それにしても、眼蓋が重い。世界に立ちのぼる音楽の調べ、夢と現実を入れ替えてゆく。
*
(ふくらはぎのストレッチをしている―――)
(顎の上げ方と、視点を追及している・・・)
(埃を眼の端で追いかけてゆく―――)
(色んな言い方がある―――あるのだ・・・)
(これがもし、幻想だというなら狐か狸に化かされただろう―――)
(有り得ないと思った・・・・・・)
(でも有り得ないことは眼前に雷鳴をとどろかせている・・・・・・)
*
鼻腔は、中央にある鼻中隔と呼ばれる仕切りで左右に分かれ、その外壁には鼻甲介という三つの高まりがあるので凹凸のあるトンネルになっている。
*
咽喉仏が動く・・・・・・。
後頭部を掻き、断末魔の人の瞳が映す回想と混ざり合った虚しい孤独や違和感のもと、釘付けにされた。それは黒ずみつつあり、それは暗示のように白昼のこの世界に多くの犠牲を伴いながら発明されていた。僕はたとえば東京を何日も、何週間もあるいて、石や鋼鉄のように、その本質を理解したいと思ったことがある。無邪気な空想というのはパリの路地裏を訪れた人をノイローゼにし、夢から醒めさせるが。ともかく、こういう時は手当たり次第につかまえてゆくことだ。アイテムからアイテムへつないでいくとコーディネートのリレーだ。ネクタイ。腕時計。上着。眼鏡。アタッシュケース。フレアスカート、自転車・・・・・・。
―――都市の成分表示。
足が見えた。その読み取り感覚は鋭い不安を色濃く伴って、広大な陰謀にも似た組織を想起させた。ソ連、中国、北朝鮮、と敵がはっきり存在していた冷戦時代みたいな緊張感。呼吸する。建築の外部と内部という空間性の固定観念といったものは、おもむろに遠慮がちに一つの巨大な眩暈の中に消えていった。そこには、意識上の穴があった。穴が大きくなるほどに、僕の混乱は少しずつ大きくなっていった。そこでは立ち居がうつくしいビルディングがあった。巧みで秘密な圧縮力や曲げモーメントや引張力というものを人工的に陶冶し、展覧会をしていた。それは匿名性と集積性に置換された。そこには記憶を整理するためのバックナンバーが必要だった。それが辻褄でもある。蹲踞っていた僕は萎えたような足に力をこめ悲しめる預言者めいた姿で佇立した。
動物たちが行き来している通り。ライオンもいるし、牛もいる。河馬もいるし、実際微妙な立ち位置だと思うアルパカもいる。羊もいるし、家鴨もいる。それに混じってグレイ型宇宙人も歩いていたし、明らかに神話上の生物であるユニコーンもいた。みんな思い思いの服装をしていた。
>ディズニーの映画みたいだ。
>あるいはそれは、ファンタジーの景色なのかも知れない。
前方には鉛筆のようなビルディングがありそれは二十四時間三百六十五日稼働している工場を想起させ、そのスムースで十全な印象は役所の庁舎のような欺瞞に基づいているようにも思われた。
高速道路が一キロあたりの建設費が五〇億という話を思い出す。
ロボットが案内するのは、メルセデス・ベンツや、ポルシェや、フェラーリという錚々たる高級車が並んでいる通り。旧車もあるようだが、あまり詳しくないので今度教えてもらうことにした。奥行きがおそろしく人工的な景色のなかでそれは不思議なアクセントになっていた。
僕は、いかにも不釣り合いな軽自動車があって、これなら壊してもいいだろうという気持ちで、乗っていいかと聞いたが、ガソリンガナイカラ、走リマセン、モシ乗リタイナラ、電気自動車ニ改造シマス、と言われた。
*
(どうして白線の上をずっと歩きたいと思うのだろう―――)
(電柱や街燈や、ミラー位置なんかを気にすることがあるのだろう・・・)
(猫や、鴉を、気がつくと眼で追っていたりするのだろう―――)
(まるで、きらめく金属の円盤みたいに・・・・・・)
(ぎざぎざの接続を確かめていたりする―――)
(原始人が都会へタイムスリップしたような具合だな・・・・・・)
*
道路には高速自動車国道、一般国道、都道府県道、市町村道がある。邪馬台国の頃には獣道しかなかった日本列島も、奈良時代になると幅一二メートルの真っ直ぐな道が全国に張りめぐらされ、駅馬の制度が設けられたという・・。
道路には交番らしきものも見えた。その横には、渋滞回避テクニックとおぼしき抜け道も見えた。その前で、フライパンにバターを引くみたいに斜に二筋に分かれていた。道路構造令の解説と運用、という本を思い出した。
ちなみに車は渋滞していた。メカニズム・レイアウト、造形のシルエットは真面目な技術者たちの産物だった。でも道路とは別の話だ。目脂の溜まった駱駝や牛がそこを通り抜けても許されるぐらいの、立派な渋滞だった。そこに魚の大群のようなオートバイの集団が交差点を横切っていった。
(言うまでもないが、みんな動物である)
(車を運転するのだから教習所もあるんだろうな―――)
事故率が低いのは黒や白やシルバーだという話を思い出す。
青も『進め』ではなく『進むことができる』が正しい。
また欧米の道路は放射線状や基盤の目であるが、日本の道路はもっと複雑である。戦国時代からだと何処かで聞いたが、これは国民の病というものだろう。生命の無益な夥しさ、それは横溢し、占領し、伝染病のように感染させる。
スピード制限、追い越し禁止、駐車禁止などの路上標識が見える。整然としてリズムのある突出物。道路と舗道の境界線。電柱が立っていれば、所番地が表示してある。そこには数字と英単語の羅列があった。ちなみに日本の八四パーセントの車道の平均幅は三.七メートル。ごみごみするわけだ。視覚と対象のあいだに交わされた不釣り合いな意識の稲妻―――。
「ユウトサン、駱駝ノタクシーモアリマスヨ」
駱駝たちは、日がなそうやっている働いているのだろう。
自分の特性を活かした立派な職業選びである。
馬のタクシーや、牛のタクシーもあるらしかった。
僕は山口県にある、夏みかんを意識したガードレールを思い出す。
*
ロボットはふと思い出したように、僕にお腹が減りませんかと聞いた。肯くと、中華料理でいいですかと聞いてきた。いいよと言うと、中華料理という暖簾のある店へ入っていった。ほかにも、インド料理や、イタリアン、ファーストフード、寿司屋などがあった。
目/口/鼻の周辺や顎のラインの消失。
記憶から欠落しているもの、重要なもの、思いださなければならないもの――。
>僕はどうしてここにいるんだろう?
>僕はどうしてここにいてもいいんだろう?
しかし、繁華街というより、飲食スペースの間違いではないかと訂正したいぐらいその手の店があった。無論、ゲームセンターや、コンビニのようなものもあったが。もちろんそれらの店のなかには、色々な動物たちがごった返していた。昼だから食事中のようである。
分裂病的なアイデンティティ―――。
しかしその時、ふと思ったのが、あの農業をしているスライムのことだった。これだけの動物たちにあんな野菜や米ぐらいで足りるのだろうか、という疑問だった。最低でも千以上はいるはずだ。人口密度はもっと高そうだし、何しろ居住区になっている一面も見受けられる。
マンションみたいなところでは洗濯物が干されていたりしたからだ。ロシア・サハ共和国のオイミャコンという寒いところでは、洗濯物を外で干すと数分で表面に氷の塊が出来、それを払い落とせば洗濯が終わるというが、もちろんここでは、そういうわけにはいかないだろう。
時代遅れの古いレコードが回り続けている・・。
(・・液体金属鉄の密度、粘性、電気伝導度、熱伝導率、外核の化学組成、地球の起源物質や誕生メカニズム、地球磁場の生成メカニズム)
*
「―――でもユウトさんにその気がなければ
施設はすべて爆破して灰になる方がいい」
*
ロボットやサラは確かに、施設で唯一と言っていたはずだ。農作物は毎日回収できると言っていたので、やってできないことはないだろうという気持ちと、いや、ちょっと待ていくらなんでも動物が多すぎるぞという気持ちがあった。深く考え始めると、つまりこういうことだ。それは矛盾である。たとえば、肉を加工している工場や、調味料を作っている工場は何処にあるんだろう。僕はロボットやサラが、何か隠していることをそこに見出しそうになった。たとえば、地球は本当に核兵器でどうにかなってしまったんだろうか、と。清新な純潔な分岐状態・・・・・・。
三つの入口が必要だった。すなわち『朝』と『昼』と『夜』――。
命も斜視や乱視や老眼の中でひとつの内臓になる。
そして僕は裏町や運河や橋や小さい広場を探してい――る・・。
でも、場合によっては勘違いで、施設は世界中のいたるところに存在しているのかも知れない。あるいは、農作物を作っている場所はほかにもあるのかも知れない。何しろ、宇宙人がいるのだ。それに肉を加工している工場はあえて伏せているのかも知れない。僕は首を振る。多分、昨日の夜、盗み聞きした内容があまりにもショッキングで疑ってかかっているのだろう。




