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少年たちのクリミナル  作者: 神馬
The missing criminal
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真昼の黒い来訪者1

いつも通りの変わらない日常の中で、その平凡を楽しんでいる沙月遥の下に、見知らぬ来訪者が現れた。黒の風をまとった彼は爽やかで、しかし裏のありそうな笑みを浮かべている。これがアンチクリミナルの新たなる始まりである。

 空はどこまでも青々と広がっていて、雲は涼しげにその青海を遊泳している。毎日飽きもせず照らし続ける太陽に応えるように五月蝿く鳴き続けるセミは、丁度去年の今日の頃を彷彿させた。


「熱い……熱いよぉ……」


 近頃はずっと涼しい日が続いていて、出掛けるにしても長袖の服を選んで間違いではないくらいには過ごしやすかったのだが、アメリカで大統領が変わったとか北が新型ミサイルを開発したとか頼んだラーメンに煮玉子が入っていなかっただとか、とにかく何らかの因果で3日ほど前から地球が急に反乱を起こし、暑さとは無縁の札幌に爽やかで蒸し蒸しとした真夏日が訪れた。


「周子さん、熱いよぉ……」

 3人掛けのソファで泥のように体を溶かし、寝そべりながら癖っ毛をくしゃくしゃとかき乱して沙月遥は弱音を吐く。


 木村周子は洗い終わった洗濯ものを洗濯機から洗濯かごに移し、そのカゴを持ってリビングに足を運ぶと、ソファに寝そべって怠惰を極めている少年が目につき、わざと大きなため息を吐いてから口を開く。


「本州に比べたらそんなに暑くないし、いい洗濯日和じゃない」

 怠けてないで少しは家事を手伝いなさいと周子は続け、倉庫兼作戦実行室を経て屋上へと向かい、遥も泥のような体をしぶしぶ起き上がりその後に続いた。


「あれ、そういえば冬馬は?」


 すすきのの某所にアンチクリミナルのアジトを創設してから西連寺冬馬は今日まで沢山の設備を倉庫に揃え続け、コンピューターに対して無知な僕が見ても何がなんだかわからないマシンが一つのオペレーションを終える毎に増えていき、元々倉庫として使っていた部屋をついには作戦実行室と改名し、その部屋を冬馬は我が物のように使っていた。


「何言ってるの? 冬馬くんは学校」


「あぁ、学校か」

 いいね、学校。そう思ったが口には出さなかった。僕と同じことを周子さんも考えているだろうから、口に出しても虚しくなってしまう。


「もうすぐ、夏休みだね」

 何が何だか分からないけれど、とにかくいかついマシンを横切り、非常階段へ続くドアの前にある靴箱から自分の靴を選び、履き替えながらぼんやりと言う。


「遥くんは毎日夏休みみたいなものじゃない」

 ドアを開けて非常階段をカンカンカンと昇りながら周子は意地悪に言って見せる。


「失礼だなぁ、僕だって働いてるんだよ、今は休憩中なだけ」


 夏休みの時期になると少しだけ心が浮つく。大して長期休暇を貰えない社会人だってそうなのではないだろうか。何と言うか、子どもからお年寄りまで日本全体を通して夏休みという一体感に包まれているような、そんな感覚。


「前向きな自称小説家みたいなこと言ってないで、早く干しちゃって。日に焼けちゃうわ」


 サンサンと照り続ける太陽の下、洗濯かごの中で簡易的に畳まれた洗濯物を取り出し、パンパンと上下に振ってしわを伸ばしてからハンガーを掛けて物干し竿に干す。


「ちょっと遥くん、前も言ったわよね? ポケットの付いている服はひっくり返して干さないと」

 周子は遥の作法を横目で見ながら、慣れた手つきでしわを伸ばして素早く洗濯物を片付ける。


「え、いや、これは言われてないと思うよ、まだ」


「だったらメモに書き留めておきなさい。って言っても、これは3日前に言ったはずデスケド?」


 メモ帳の白紙のページを探していると『ポケット服裏返して干す』と白紙の横で乱雑に書かれており口から心臓が飛び出るような動揺が遥を襲った。そして彼はそれを周子に悟られないように、メモに何かを追記をする振りをして話を変える。


「あ、暑いけど、外に出てみると案外涼しいね」


 周子はあたふたと話題を転じた遥に、粘りつくような、何か物言いたげな視線を送ると、彼はやはりあたふたと目のやり場に困らせた様子でいて、それがなんだか周子には面白かった。


「そうね、風が涼しい」


 アンチクリミナルのアジトにはプライバシー以上の情報を守らなければいけない所以で窓がなく、また周子がエアコンが苦手ということもあり、室内の涼しさを演出しているのは昔ながらの扇風機と冬馬が百均で買ってきた風鈴のみである。


「こうも天気がいいと、ピクニックでも行きたいね。どうかな周子さん、今度どこかに遊びに行かない? 3人で」


 遥が言うと同時に洗濯カゴの中身は空になり、周子はそれを抱えて非常階段へと足を向ける。


「そうね、落ち着いたら、行こっか」


 周子と遥は何となく、そんな口約束をしながら階段を下り、倉庫兼作戦実行室を経由し、リビングに戻る。


 現在3人で構成されているアンチクリミナルは、度重なる犯罪を取り締まり、またそれらを未然に抑えることで日々を過ごしている。オペレーションは忙しい時だと一日に何件か重なることがあったが、1か月ほど何もない月もあったりと、不定期な周期で活動している。


 周子の言う落ち着いたらには特に深い意味はなかったのだろう。最近はすすきのも落ち着きを見せ始めているし、何よりアンチクリミナルがすすきのの治安を守り始めてからというものの、すすきので起きる犯罪の件数は徐々に少なくなり始めていた。

 世間では当然、警察の功績を称える評価が多かった。最近では凄腕刑事なるものが誕生したようで、手段を選ばない巧みな手口から『すすきのの掃除屋』として揶揄を交えた異名が一時期札幌の話題としてあちこちで持ち切りだった。


 しかしこれは紛れもなくアンチクリミナルの賜物であるものの、賞賛の矛先が凄腕刑事に向かっているため、アンチクリミナルは上手くアンダーグラウンドで活動することが出来ている。


「今日の晩御飯は何がいい?」

 周子は台所からアイスココアを2つ淹れて、片方を遥が座るソファの前に置いてから向かいのソファにゆったりと腰を掛けて、ストローを咥える。


 遥はそれを「ありがと」と言って受け取り、一口だけ飲んでからクッションを抱いてソファに深くもたれこみ、自分の舌とお腹と相談を始める。


「んー、暑いしさ、ラーメンサラダなんていいんじゃない?」


 周子は札幌に移住するまでラーメンサラダなるものを知らずに生活していたが、その北海道発祥の冷製サラダの存在を知ってからは、北海道のB級グルメにより一層興味を抱き、時折ラーメンサラダを創作しては遥と冬馬に振舞っていた。


「あぁ、いいわね。けど材料あったかしら……」

 周子は冷蔵庫の中身を確認しにパタパタと台所へと向かい、遥はクッションを投げ捨てテレビの電源を入れる。


『札幌の豊平川では今週の金曜日に花火大会がありますね。ですがその日は気温が30度まで高くなるので、その日は熱中症にご注意ください。加えて最近はすすきので傷害事件も流行ってますからね。現場は会場にも近いので注意が必要です』


 アジトにチャイムが鳴り響く。


 途端に空気が張り詰める。夏の暑さなど全て幻だったかのように緊張感から遥の背筋に一滴の汗がつたい、脂汗と混ざり溶け合っていく。


「――冬馬、鍵忘れたのかな?」

 周子に聞こえるか聞こえないかくらいの声で遥は独り言をつぶやく。


 アジトのチャイムを鳴らすのは基本的にアンチクリミナルのメンバーのみだが、3人とも部屋の鍵を常に持ち歩いていて、その鍵を忘れた時くらいにしかアジトのチャイムが鳴ることはない。

 遥が冷や汗をかいた理由は、誰かが好奇心から立ち入り禁止の立ち札の横を抜け、曲がりくねった路地を抜け、ぽつりと現れたドアの横にあったチャイムを鳴らしたのかと勘繰ったからである。


 アンチクリミナルのメンバーがこのチャイムを使用する際は、それらの人と見分けがつくように、チャイムの鳴らし方を合わせて決めておいた。


 チャイムが3回続け鳴る。少し間を置いて1回鳴る。1、3、1。この鳴らし方をするということは間違いなく合言葉ならぬ合鳴らしを知っている人間だ。


 やれやれと重い腰を上げ開けっ放しの扉から玄関へ向かい、なんの警戒もせずに遥はチャイムに応じアジトの最後の門を開く。


「どうしたの冬馬、鍵忘れるなんて珍しいね――って」


 目の前にいた男は予想に反して冬馬ではなかった。夏にも関わらず長く伸ばした黒髪を上品に後ろで結び、おっとりとした綺麗な顔立ちに微笑みを浮かべ、全体的に黒を基調とした服装の男が語り掛けてくる。


「アンチクリミナルの、遥さんですか?」


 風鈴を鳴らしたかのような涼しげな声に反応して黒髪に隠れていた銀色のピアスがちりんと揺れる。


 爽やかな夏の風が路地と遥の頬をなぞって吹き抜けると、どこかでぼとりとセミの落ちる音が聞こえた。

拝読いただきありがとうございます。次話もお願いします!作品についてやお仕事の依頼はこちらまで→@anti_criminal_

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