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少年たちのクリミナル  作者: 神馬
The missing criminal
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徒然サマーバケーション1

学期末テストの2日目を終えた椎名遊大と須藤七海はいつも通りの生産性のない、しかし2人にとっては価値のある会話をしながら学校を後にした。学生最大のイベントである夏休みを目前に浮足立つ少年少女、特に窃盗罪の少女は、大きな期待を胸に帰路を急ぐ。

 夏の香りがする。海や山の匂いではないけれど、木々を揺らす風の香りや柑橘やバニラのような制汗剤の香り、それにチョコレートの甘い香り――いやこれは季節関係ない。


「遊大~、ゆーたー?」

 2階の窓から優しく差し込む木漏れ日が心地よく、必然的な眠気を更に深いものにする。


「ゆーうーたー」

 机に突っ伏したままの俺の頭上から少女の声が浴びせられる。


「おーい、もうホームルームも終わっちゃったよ? 早く帰ろうよ~」

 パキパキと音を鳴らしていたチョコを食べている少女は恐らく、いや間違いなく須藤七海だ。この学校で下の名前で俺に声掛けてくる女子なんて七海以外にいない。


「ちょっと遊大……え、もしかして、死んでる――?」


「ハァ――勝手に殺すな」


 むくりと体を起こし、軽く目を擦りながら見ると、目の前にはやはり七海が口元をチョコレートで汚しながら俺の前の席に座り「おはよ」と言って笑みを浮かべていた。


「やーっと起きた、机の跡、ほっぺに付いてるよ」

 七海は自分の頬を指でつつきながらにひひと笑う。


「……そう言うお前も、口にチョコ付いてるぞ」

 同じように口元を指すと七海はどこからともなく小さな鏡を取り出し自分の顔を見て、ハッといった様子でハンカチで口元を拭く。


「頭をたくさん使ったら糖分を取らなきゃだからさ~」


 机の上に乱雑に散らかったままのペンや消しゴムをペンケースごとカバンにしまい、机の中を軽く確認した後にその場を立ち上がったところで、やっとこの教室に俺と七海以外に誰もいないことに気が付いた。


「って言うか遊大、いつから寝てたの? テスト中もずっと寝てなかった?」

 俺が立ち上がったのを見て七海も立ち上がり、自分の席にカバンを取りに戻りながら発言する。


「んあぁ――記憶が……李徴が図形と方程式の中でビーフストロガノフを作ってるところまでは覚えてる」


 黒板に白のチョークで書かれたままの現代文、数学Ⅱ、家庭科の文字が朝から3年3組の生徒を監視し続けていて、恐らくそれは今日のテストの内容がその3つだったということを示唆しているのだろう。


「いやいや、記憶が夢の中で混ざりすぎて支離炸裂だよ!」

「それを言うなら支離滅裂だ、それだと分かれ離れて俺の頭が爆散してんじゃねえか」

「あれ? そうだっけ?」

「第一そんな変な四字熟語どこで覚えたんだよ」

「遊大のママ」

「また母さんかよ!」


 本当に弊家の母親は須藤さん家の一人娘に悪影響を与えすぎている。これでも母さんは勤めている会社の営業課でエースと言われているらしいから世の中というのはよく分からない。


「でも遊大そんなんでテスト大丈夫だったの?」


 七海はショートカットの黒髪を耳に掛けながら上目遣いで心配の眼差しを向ける。

「まぁ……最後のほう寝てて空欄もあるから8割くらいかな」


 カバンを肩に掛けて学生の戦場を退室しながら何となくつぶやく。


「はえー、やっぱ遊大はすごいねぇ……いつ勉強してんの? ホントに」


 人の気配のなくなった廊下は、午前授業で温まり切らないまま半ば役目を終えていて、未だ直線的な黄色い光を走らせている。そんな廊下を2人で歩いていると、なんだか不思議とこの学校にはもう誰もいないのではないかとすら思う。そりゃ職員室とか図書館に行けば沢山人がいることなんて分かり切っているけれど。


「そういう七海はどうなんだよ」

 あくびをしながら昇降口への道を進み、真横を歩く少女に尋ねる。


「ふふーん、なんと! 今のところ全教科50点くらいは取れてると思います!」

 少女は何故だか誇らしげに、赤点回避ギリギリの点数を予想して胸を張っている。


「――まぁいいんじゃねえの? もう少し取ってほしいところだけどな」


「いやーホント、遊大サマサマだよ~。遊大が教えてくれてたところ全部でたもん!」

 七海は何がそんなに楽しいのかランラン気分で靴箱から外靴を取り出して、代わりに上靴をしまう。


「そりゃああんだけ鬼気迫る勢いで頼まれちゃ、な」


 というのも七海は3日に分けられた学期末テストの1日目の前日、つまり一昨日にいきなり助けを求めてきた。ただ一言「テストがやばい」と。


 確かに学年でもトップクラスの成績を誇る上に気兼ねなく頼れる幼馴染の俺に勉強面で頼るのは理にかなってはいるものの、そんなことを突然言われてもこちらとしては手の差し伸べようもない上に、何より面倒くさいため、ただ一言「確かに」と言ってあとは門前払いをしていたのだが、その晩に彼女は門の上を通り超えて助けを求めてきた。最強の文言「赤点取ったら夏休みは補講ばかりでシフトに入れなくなる」という武器まで用意して。


 なんて卑怯な女なのだろう。両手を合わせて真剣にお願いをする七海の口角は既に勝利を確信しているのか、微かに上がっているのが見えた。


 確かに七海がシフトに入れないと困る。まぁ俺1人が困るぶんにはまだいいが、脳裏には疲れ果てた表情で少しだけ禿げ上がった店長が真剣に困るかもしれない。なぜだか俺はあのオッサンが疲れ果てているのを見ると少しだけ切なく感じてしまう。


 少女の一言から数秒で自分に対する利害を考えているうちに七海は内なる笑みを隠しきれなくなっており、憎たらしい笑みを浮かべながら右手を差し出してきた。苦渋の選択だった。しかし俺にはその右手を取らないという選択肢がなかったのだ。


 それからというもの一昨日と昨日、俺の家に泊まり込みで七海に勉強を教え続けた。深夜2時くらいに俺の布団で七海が寝てからも、彼女に点数を取らせるためにノートに要点をまとめ続けた。

 おかげでいつもお馴染みの目の隈が今日は更に酷くて、登校中は太陽の光が目に沁みた。


 外靴に履き替えて外へ出ると、真夏の太陽が無情に降り注ぎ7月末の熱気が荒々しく俺の体を包み込む。


「あちぃ……」


 今年の夏は去年に比べて非常に暑い。札幌の家電量販店から扇風機が消えてしまうくらい暑い。

 だらだらと流れ落ちる汗が頬を背中を伝って流れ落ちていく。隣を見ると汗を流していないながらも、七海も同じような表情を浮かべている。


 通り過ぎ行く数々の自動車は皆一様に窓を閉めて走っている。車内はエアコンで快適な温度が保たれているのだろう。


「明日の教科、なんだっけ?」

 暑さを紛らわせるように話題を振ると、七海は指を折りながらこちらを向く。


「明日は古典と歴史と英語だね~」

 髪を耳に掛けながら七海が言う。


「――そん中で不安な教科は?」


 間髪入れず「全部!」と答える。どうやら今日も長い戦いになりそうだ。


 いつもだったら寄り道でもして帰る大通駅近郊をスルーして地下鉄へと真っすぐに進む。


「ハァ……今日も家、来るんだろ? どうする? そのまま帰るか?」

「うん、あー……いや、一回家帰って着替えてから行く。けど直ぐ行くよ」

「じゃあ、近所のスーパーで昼飯買って帰ろうぜ。家、なんにもないと思うし」

「お、だったら私、材料買って何か作ってあげるよ。勉強教えてくれるせめてものお礼ってことで」

「――そいつは楽しみだな、全く」


 綺麗に舗装された道を進みながらいつも通りの会話をする。確かに俺と七海にとってはいつも通りの距離感のまま当たり前で何気ない会話をしているだけなのだが、付かず離れずの距離で並びながら歩いている俺らは他人の目にどう映るのだろうか。


「私たちってさ、友達じゃん?」


 時々七海は唐突に、俺の心を読んでいるかのようなことを言うから驚かされる。いつもは素っ頓狂なことばっかり言っているからより一層そうなのだろう。

 七海の問いかけに返事を返すことが出来ず、濁らせたままにただただ炎天下を歩き続けていると七海の視線が横から刺さって来る。先ほどよりも温度が上がったのか体温だけではなく心拍数も上昇する。


「ん、あぁー……友達っつーか、幼馴染っつーか、腐れ縁? というか」

 口籠りながら言うと「ちょっと腐れ縁って酷くない?」と七海は口を尖らせる。


「いやさ、今日、ホームルームの後にユミちんとちーちゃんに一緒に帰ろ~って誘われたんだよね~」

 七海は顎に指をあてて眉を八の字にして喋り始める。


「あ? それならそいつらと帰ったらよかっただろ」

 俺は何となくユミちんとちーちゃんの顔を思い浮かべる。クラスで七海とよく一緒にいる子等で、俺の記憶が正しければ後1人、確かエリって娘がいたはずだが。


「いや、その後ユミちんとちーちゃんがカラオケに行くって話だったんだよね~、まぁそうじゃなくても断ってたけどさ」


 ほら、勉強とかあるしと七海は続ける。


「それでね、エリも誘ってたみたいなんだけど、エリは彼氏と帰るって言ってたからしょうがないねってことで帰らせてたんだけど、私が遊大と帰るからって断った時、すごい不思議そうな顔して引き留めてきたんだよね。ほら、椎名くんは彼氏じゃないんでしょ~って」


 七海はひとしきり喋り終わった後に「あっ! エリに彼氏がいるって言ってよかったんだっけ!?」と言って少しうろたえた後に「まぁ遊大ならいっか、クラスの人と話さないし」と言って無邪気なまま俺の心に少しダメージを負わせて落ち着いた。


「……へぇ、それで、何が引っかかるんだよ」

 七海は俺の顔を少しだけ覗いてから再び口を開く。


「いや、彼氏と帰る~っていうのは普通のことっぽく扱われるのに、男友達と帰るってのは普通じゃないのかな~って。彼氏と男友達の違いって、私はよくわきまえてるつもりだけど、それなのにその友情っていう抽象的なものが、なんだかすごく現実ではありえないもののように感じられて、さ」


 こちらを向いている七海に目を合わせると、少女は直ぐにそっぽを向いてしまう。


「いや――そんなことないだろ、現に俺と七海は友達なんだしさ」


 この手の話は同意しないほうが七海も納得してくれる。たまにある独特で不思議な感性にはとりあえず肯定しているが、これはその例から漏れている話だ。


「ほら、人によって価値観なんて違うんだしさ、確かに年頃の高校生の価値観だったらやっぱ恋人じゃない異性と仲良くするってのは珍しいもんなんだろうけど、俺と七海の関係性を知っている奴だったら、七海の感性を否定しねえと思うぞ」


 大通駅の手前、点滅する信号を丁寧に立ち止まりながら言って、再度七海のほうを向くと、彼女はとても嬉しそうな表情を浮かべながら、納得したように頷いていた。


「なるほどな~、なるほど! 確かにそうだよね、人それぞれだよね~」


 七海はえへへと嬉しそうに笑う。


「そうそう、それに俺も、現に七海のことは異性だなんて見てねえし」


 ――空気が張り詰めた。滝のように流れていた汗が冷や汗となって樹海の小川のように頬を伝う。


 七海のオーラが表情が明らかに変わっていた。いや変わる前、真顔になっていた。


 ――先手を打つ。


「……あれー、須藤さん? 僕、何か変なこと言いましたかね?」

 おちょけた様子で手を振りながら声を掛けても七海は静かな炎を燃やしながら黙りこくっている。無事、敗北。


 信号を渡り地下鉄の駅へ向かう階段を無言で降りる。気まずさで先ほどまで感じていた札幌の熱気は全く感じられなくなっていて、繰り返し変わる温度差に具合が悪くなってくる。


「――ごめん、ごめんって七海、そんなに機嫌悪くすんなよ、この後勉強教えにくくなるぞ?」

 正直何が悪くて七海の機嫌が悪くなっているのか全く持って見当もつかないが、確かに彼女は怒っている。とあらばとりあえず謝っとけば大抵のことは上手くいく。ただし、何らかの条件付きだが。


 七海は階段を下りきったところで後ろに立つ俺のほうを振り返り、静かな炎を少しずつ鎮火させるように表情を緩めていく。そしてしまいには七海がたまに見せる、腹に一物抱えていますっていうような顔だ。


「――許してあげてもいいよ」


 どうして彼女は上から発言できるのだろう。しかしその言葉が現状の俺と七海の関係性を示唆している。


「ただし、28日の豊平花火大会に一緒に行くこと! 行ってくれるなら許してあげる」

 七海が提示した条件は案外拍子抜けするような内容だった。


「なんだ、そんなんでいいのかよ」


「――そんなん?」七海の表情が再び引き締まる。


「いえ、すみません、是非ご一緒させてください!」


 そこまで言って七海はやっと完全にいつもの表情に戻り「よろしい」と言って頷いた。


 7月28日は既にテストも終わり夏休みに入っている頃だが、俺と七海は店長に適当なこと言って8月に入るまでシフトを入れていなかった。学生なんだしそれくらいは許されるはずだ。


「じゃあ、その花火大会に行くためにも、赤点は取れねえな」

「うっ……そうだね、赤点取ったら補講だし……」

 七海は頭を抱えて「うー」と唸る。

「ま、俺が居たら赤点なんて取りたくても取れねえよ」

 唸りながら後を続いていた七海は俺に追いつくように横に立ち、楽しそうに俺の顔を覗き込む。

「頼りにしてるよ、センセ」


 改札を通り、東西線に向かって歩き続ける。七海は俺の少し先を軽い足取りで進む。


「そういえば七海は、夏休み中のシフト、どれくらい入れるんだ?」

「んー、週4くらいかな~? 遊大は?」

「まぁ、俺もそれくらいだな」


 未だに始まっていない夏休みのことを考える。それだけ夏休みはすぐそばまで近づいてきている。退屈なままに食いつぶす予定だった夏休みも、七海が居るのなら予定通りに進まないだろう。そうじゃなくても、この夏は何かが起きそうな気がする。


『~新札幌行きが到着します。ご注意ください』


 アナウンスに合わせて少し前に立っていた七海がこちらを向く。少し照れたような、気恥しいような、それでも自信のあるような、色々な感情が入り混じった表情で、しかしいつものような笑顔を浮かべている。


「言い忘れてたけど……さっきの約束、デートだから!」


 七海は俺より先に地下鉄に乗り込んでから、凛とした態度で、しかしやはりどこか抜けたような表情で上目遣いで俺の顔を覗き見た。


「――ちゃんと意識してよね……?」


 地下鉄の扉が閉まると外界との世界が遮断されたような気持ちになる。


 夏休みはすぐそばまで近づいてきている。なにせ札幌の家電量販店から扇風機が消えてしまったのだから。

拝読いただきありがとうございます。次話もお願いします。作品についてやお仕事の依頼はこちらまで→@anti_criminal_

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