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道化師少年の能力
「昨夜、君がマンションに帰ったとき、植え込みの傍に不審な影がなかったかい?」
僕は記憶の中を探る。
「・・・・・・ああ、あった。大人一人分の影が、マンションから遠ざかるように動いていた」
稀子が続けざまに言う。
「野次馬の中に彼の姿はあったかい?」
「なかった。僕が駐車場を出るまで、北川さんの姿はなかったよ」
北川さんが、両手で思い切りちゃぶ台を叩いた。麦茶のコップが跳ね、こぼれた茶が小さな水溜りをつくる。
「馬鹿なことを言うな! そんなの分かるはずがないだろう! 路地は暗いし、野次馬は軽く百人くらいいたんだぞ」
北川さんが喚く。ずきん、と胸が痛む。
「七海には分かります。彼は、自分が見た風景を写真並みに正確に記憶することが出来るんです」
「嘘だ」
「七海、廊下にあった物を全て教えてくれ」
稀子が冷たく告げる。死刑を宣告する裁判官のようだ。
「釣竿が五本。それぞれ右から赤、赤、黒、深緑、シルバー。からからに乾いた何か――沖あみパンって書いてあったな。それと、『男の浪漫』って書かれたポスター。壁に大きめのしみが二つと、埃をかぶった鍵が隅に落ちてたよ」




