家から一歩も出なくて
「あなたー?」
お婆さんの若々しい叫び声に反応することもなく、綺麗に整頓された居間にかなり大柄な老人が座り込んでいる。ぴくりとも動かないが、よく見ると小刻みに震えているようだ。
「夏奈ちゃんのことがあって、落ち込んでるみたいなのよ。家から一歩も出なくて。あなた、夏奈ちゃんの同級生かしら? 元気付けてあげてね」
笑顔でまくしたてて、お婆さんは居間を出て行った。
――と思ったら、ひょこっと顔を出した。手には麦茶とコップ三つが乗ったトレイ。
「ごゆっくり」
ぱたぱたと出て行ってしまう。今度は戻ってこなかった。
「あの……」
「……」
会話の糸口が掴めない。
つんつん、と僕の服の袖が引かれた。稀子だ。
『いいお天気ですね。昨日よりも釣り日和じゃないですか』
読め、ということか。よく分からないけれど、僕はなるべく自然なふうを装って声をかける。
「いいお天気ですね。昨日よりも釣り日和じゃないですか」
とたん、がばっと北川さんが僕のほうを向いた。僕の肩がはねる。
『昨日の海はどうでしたか? 大物が釣れたんでしょ』
「昨日の海はどうでしたか? 大物が釣れたんでしょ」
稀子はどうしてそんなことが分かるんだ。
北川さんは血走った目で僕を睨む。思わず背筋が凍った。
『夏奈は魚が好きなんでしたね。あなたは夏奈ちゃんと仲が良かったようですし、プレゼントをしたんでしょう。昨日、佐々木さんの家に行きましたね?』
「夏奈は魚が好きなんでしたね。あなたは夏奈ちゃんと仲が良かったようですし、プレゼントをしたんでしょう。昨日、佐々木さんの家に行きましたね?」
「うるさい!」
突然、北川さんが怒鳴った。何かに追い詰められているような顔で、僕に掴みかからんばかりに震えている。稀子はそんな北川さんを冷静な眼差しで見つめていた。
「北川さん。なぜ、そんなに焦っていらっしゃるんですか?」




