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『男の浪漫』

 「ここだね」

『そうだな』

 北川と書かれた古い表札。僕は慎重に今にも壊れそうなインターフォンを押す。

 案の定音が出なかったので、家に向かって怒鳴った。

「すみません、向かいの柴崎ですけど!」

 マンションを向かいと言っていいのかは分からないけれど、嘘は言っていない。北川さんの家は僕の部屋の、ちょうど向かいに位置しているからだ。

「はいはい」

 出てきたのは優しそうなお婆さんだった。地味な男子高校生と片眼鏡をかけた綺麗な女の子という、少々奇妙な二人組にちょっと驚いたようだが、すぐに笑顔になって部屋に上げてくれる。

「主人も子ども好きでね、きっと喜びますよぅ」

 稀子に向けて、にっこり。お婆さんはおそらく、稀子を小学生くらいだと思っているのだろう。思わず吹き出すと、稀子にすごい目で睨まれた。怖い。

 何本もの釣竿や、からからに干からびた何かの入った袋がまとめて置いてある廊下を抜ける。壁には『男の浪漫』と書かれた大きなポスターが貼ってあった。がっしりした壮年の男性が、しなる竿を懸命に引いている。どこかの海だろうか。

 子ども好き・・・・・・。


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