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嬢に隙は無し

 『この事件に犯人はいない。事故です』

 稀子は繰り返す。高梨さんが呻くように呟いた。

「じゃあ、佐々木春佳は・・・・・・」

『あなた方は、佐々木春佳を犯人と決め付けて捜査していたのか』

 一気に稀子を取り巻く空気が冷え切った。謎を解き、佐々木さんの無実を証明した瞬間にあれだけ嬉しそうな輝きを放った瞳は、液体窒素を流し込んだように冷えきっている。

「そういう訳じゃない」

 長谷川さんが言った。普段の鷹揚さは影を潜め、真剣な眼差しが稀子を貫く。

「ただ、あの状況から見て一番怪しいのは佐々木春佳だった。俺たちは確率の高い真実モドキどもから順々に消していく。嬢のような推理能力は持っていないんでね」

 その言葉を聞いた瞬間に稀子が浮かべた、痛みを堪えるような表情を僕は見逃さなかった。

『・・・・・・そうですね。とにかく、佐々木春佳は無実です。彼女を追い詰めるような捜査はやめてください』

「最初からやってねぇよ」

 長谷川さんはそう言って笑い、稀子も『分かっています』と返す。

「マスコミの奴らの方がヤバいんじゃねぇか?」

 高梨さんが心配そうに頷く。僕も同じ気持ちだった。部屋に行った時の報道陣の対応は、確実に佐々木さんを追い詰めていた。

『そっちはもう対策を練ってありますよ』

「嬢に隙はなし、ってところか」

 カカカッと笑う長谷川さん。どれだけ稀子を信頼しているのかが分かる。

「何をしたの?」

『ちょっとな』

 稀子ははぐらかして答えてくれない。僕がむくれていると、目の前にカップが置かれた。

 淡いミルク色の湯気が、優しく僕の鼻先に触れていく。

「お疲れさま、七海さん」

「ありがとうございます」

 甘いミルクティー。どうして櫻井さんが笑いを噛み殺しているのか、全く分からない。

 あれ? 美玖さん、肩が震えていませんか?

『また、追って連絡します』

「ああ、頼んだぜ。嬢」

 高梨さんはちらっと僕に同情的な視線を向けて、店を出て行った。

「ごっそさん!」

 ・・・・・・長谷川さん、ここはラーメン屋でも飲み屋でもありません。


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