ー*-
現世と来世の境界が 弱まるぞ
妖精が 魂が かえってくる
気をつけろ 魔物が紛れているかも
食べ物 飲み物 準備はいいか
呪われないよう不気味になれ
ランタンの灯がお守りさ
お話を聞こう ストーンを探そう
やってくる 魔術師と 世界中の人々が
楽しもう 一年の終わりと始まりを
カラスの羽は今夜きり
さぁおいで BAR -Hallows Eve-
魔法と予知の夜は 本棚のうんと奥
世界中の十月三十日の夜。幼い声から老いた声が混ざり合う妙な歌が、空気をザワつかせた。
ぼんやりとした不揃いな歌が聞こえる中、カラスは、自らの羽を添えたチラシを降らせていく。夜を迎えた広い広い地球に、金色の雨のように舞い落ちる“辿りつけるかもしれない法”。限りあるそれらを手にした“迷い人”は、果たしてどれだけ自らの素直さと向き合うことができるのか。
世界を周り終え、間もなく着く今年の拠点――日本へ、頭から降下していく。と、金色の光の渦が、まあるく口を開けるようにして現れた。カラスはあっという間にその中を奔り抜けると、渦はまた、じんわりと口を閉じて弾け飛んでしまった。
「光ったわ。帰ってきたみたい」
ヴェーラが星の白い輝きを指差す横で、館長の瞳に渦巻く金色の光が消えていく。
カラスは疲れを知らず優雅に二人の前に着地し、一つ身震いした。
「ご苦労だったね」
館長は言うと、くるりと扉を向いて歩き出す。そして玄関灯の前に立つと、今宵の風に重く揺れる黒い球を眺めた。
「磨いてくれたんだね、ヴェーラ」
「ええ。色々な風を受けてきましたからね。新年を迎えるのに、汚れたままではちょっと」
ヴェーラはまた、外に引き出していた館内の“夜の地球”にもいそいそと磨きをかけた。
「助かるよ」
館長は肩越しに笑いかけると、玄関灯を掴んだ。そして、ひょいっと軽々持ち上げた次の瞬間――カーブを描いていたそれが、するりと伸びて杖に変わった。
その異変を受けるように、辺りの木々がドオオッと騒めいたかと思うと、どこまでも広がる“本棚の向こう側”が、扉に向かって吸い込まれ、またたく間に圧縮されていく。
やがて、たくさんのカブのランタンがどこからともなく宙に揺れながらやって来ると、それらが散りばめる光によって、じわじわと小さな建物が浮かび上がった。
枯れた蔦に覆われた木造の店がガタガタ揺れ、ノブが忙しなく音を立てた時。その上に、紫色の稲光がキリリと迸ると、“BAR -Hallows Eve-”という文字を成し、パタンパタンと掲げられた。その看板の音を最後に、しんと、休館日の訪れは過ぎ去っていった。
ヴェーラは“夜の地球”が据えられたカートを、キィキィと玄関まで押していく。そしてそれが動かなくなる位置に整えると、弾むように振り返った。
館長は、ショールを取り払って背に回し、真っ黒なワンピース姿になる。と、再び背中のそれを取り出しては、そっと、黒いつば広帽を頭にのせた。尖った先が、たらりとお辞儀する。
「さぁお待ちかねだよ」
ドンッと、館長は杖を石畳に叩きつけた。すると、たちまちカラスの水晶が外れ、その周りをくるりと回転しては、館長の手の中に返っていく。
カラスはうんと足を伸ばし、両羽を引き上げて首を左右させると、ヴェーラが待つ扉へトコトコと歩き出す。“BAR”の灯に照らされて、その影はぐんぐん長くなる。足は黒い革靴に覆われ、人が歩くような音を鳴らしはじめた。真っ黒な羽は、するすると伸びていく足を黒いパンツになりながら包んでいく。翼はひょろりと二本の腕に変わると、白い生地がくるくると被さり、後から追いつくように、カッチリと艶やかな黒いベストが胴体を引き締めた。
「お久しぶりです、パワーストーン魔術師オニキス。そして、バーテンダー・クロウ」
ヴェーラは、休館日にしか見られない二人の姿に、今年も嬉しさで胸がいっぱいになる。
「God kväll,ヴェーラ。貴方の洗練された取り組みは、今年も輝かしいものでしたな」
カツカツとくちばしの音に紛れて出るスウェーデン語の夜の挨拶は、とても紳士的で落ち着いていた。クロウは首から下を人間の姿に変えたところで、水晶のカフスボタンの位置を整える。
「さて主、今年の議題は多いですよ。計画的に進めねば。まずはスカイブルートパーズの客人からまいりましょう、あれは――」
「あーあーもういい、そんなことは後で幾らでも聞く。それより分かってるだろう、中にカブとりんごが山積みだ」
オニキスはクロウを押しやり、縮こまった館の二枚扉を開け放った。
中にはテーブル席が二十ほど設置され、奥のカウンターにはあらゆる飲み物がびっしりと詰まった棚が待ち受けている。そのそばには、ハロウィンの飾りに紛れて置かれた木箱があり、噂のものが山積みになりすぎて床に転げ落ちた。
「“迷い人”が来る前に裏へ動かしておくれ。ヴェーラはこれで仕事納めだよ」
「分かりました。でも、少しくらいならりんごを絞るお手伝いもできるんだけど」
ヴェーラは木箱に向かうと、言われたことをテキパキとこなしていく。
そのかたわら、クロウは溜め息交じりに入店しては、すぐ足元に置いたままになっていたもう一つの看板を取り上げて表に出た。
玄関先でゆるやかに廻る“夜の地球”と向き合うと、クロウは指を鳴らす。その手の中に釘と金槌が飛び出すと、看板の歪みをこまめに整えながら打ち付けていく。そして微動だにしなくなった“入る前に触れること”の決まり文句に、大きくうなずいた。
「大きな注意書きは助かりますよ、主。これに触れずに入って来られる方が激減しましたので」
「そりゃ何よりだ」
オニキスは、看板を取り付けたままいつまでも佇むクロウに首をかしげると、その手元をチラとのぞいた。クロウは“夜の地球”の上に光る日本列島に指先を這わせている。
「……あれから随分、皆さんはかどっておられるようですな」
どれどれと、オニキスはクロウの声に誘われてそこに顔を近づける。
「……手が止まらないようだね。迷いがまるで嘘だったみたいだ」
「自身に潜在する専門性を見出したのでしょう。自身が経験したからこそ知りうるものを。誰しもにあるプロフェッショナルな部分が顔を出した時、表現の扉は開く」
そう言ってクロウが立ち去ろうとも、オニキスはそれらにまだ目を凝らしていた。
心を魅せる紫。問いかける橙。笑う緋色。一息ついた水色に、自分を持った藍色。そして意を決したストームは、新しい世界へ動き出す。
それぞれのパワーストーンの明滅が、止まることを知らない物書きの手付きの音に変わる。
「人の心を揺さぶり、時代を揺さぶればいい。恐れずに」
オニキスは“夜の地球”に手をかざし、くるりと回した。金色の光がみるみる浮かび上がり、線を描きながら泳いでいくと、ふんわりと消えてはまた大陸に蘇る。
「その世界は静かであれ、闘志とリスペクトに熱いもの」
瞳は鏡のように、世界を映し出していく。
「そのエネルギーはやがて、意志と熱意を形にする」
そしてまた、黒い瞳に返っていくと、オニキスはそっと手をどかした。
「そしてそれらは、いつも、等しく美麗である」
カサッと木の葉が舞い降りた時、扉の前にいたクロウはふと、石畳の道の先に目を光らせた。誰かの話し声が、風にのってやってくる。
「やれやれ、この世から悩みが尽きるなど、やはりあり得ますまい。主、お忘れなきよう。一区切りついたらミーティングです。あと、次の拠点をお伝えしなくても?」
クロウは視線を“BAR”の中へやると、またオニキスを見やる。そこへ、奥からヴェーラが駆けてきた。
「あらもう仕事なの? まだちっとも話してないのに」
クロウはカウンターに入ると、柔らかに両手をついた。
「心配はご無用。ここはしばし夜のまま。毎度のように、例の扉からお入り下さい。それに、こちらの時は間もなく貴方と共に進みます」
「時間が、私と……?」
ヴェーラはくるりとオニキスを振り返った。その間を、落ち葉の舞が賑わっていく。
「さぁ来月からまた忙しくなるよ。何せ、あんたの国のこともガイドしてもらわないとだからね」
その言葉に胸が燃える上がると、ヴェーラは目を輝かせずにはいられなかった。
「Välkommen! 夢のようだわ!」
ヴェーラは出迎えの言葉を放つと、オニキスに飛びついた。
「おっと、ほらほら一番客がそこまで来てる。今晩はここで一旦お別れだ。クロウはああ言ったが、あんたの都合のいいようにすりゃいいんだからね」
オニキスは慌ただしく離れると、両方のノブに手をかけた。そしてもう一度、そこで頬を赤らめるヴェーラに笑い返す。
「今年も、あんたの真っ直ぐに寄り添う心に救われたよ。月を見るように穏やかだった。ありがとう」
「こちらこそ。今年もたくさんの方が貴方に守られたはずです。そのお陰で、来年も新しい表現の扉が開き、それに振り向く人が増えるでしょう」
木の葉がまたひとひら、するりと抜けた。乾いた音に、互いの小さな笑い声が消されてしまっても、もう心細くはなかった。
「書き続けることを守り続ける。次の仕事始めは、そちらの十一月二日からだよ」
「ええ、楽しみです! 用が済んだら、すぐにでも駆けつけます! 素敵な“Oíche Shamhna”を」
年の終わりを飾る“ハロウィンの夜”を想い、ヴェーラはその世界に手を振った。
オニキスが扉の隙間から頷き返し、キイイッと、その空間を閉ざした時
「Trick or Treat!」
仮装をしたたくさんの“新しい気配”と入れ替わる。たった一度の、まばたきの間に――
*
「“本棚の向こう側”って何? どんなとこ?」
「何かデトックスされるとこでしょ?」
「え、図書館を変わった風に呼んでるんじゃなく?」
「小説だよ。そのタイトル見たことある。流行りのやつっぽくない」
今日もまた、SNSにはあの噂が流れている。
執筆の小休憩中、それを眺めていた私は、手元に立てていたブックマーカーの先に揺れる、オニキスを見た。デスクトップのモニターの光を受け、キラリと小さな艶を放ったかと思うと、指をその気にさせた。
「いいえ。そこは私達が“意志を示すこと”を思い出させてくれる場所です。そこに幻想はありません」
私はそれだけを返信すると、画面を閉じた。そしてひょんなことから、昨晩の帰り道でようやっと拾った、黒い羽つきの金縁をしたチラシを見ては、部屋の本棚にそろそろと足を誘われた。
Fin.
※この物語は、おおくの創作者の方々が、自分らしい表現ができるよう願うためのものです。作中に登場するそれぞれの創作アイデイアは全て、私がリスペクトするものの一部です。そして、ここに取り入れられなかった技法もたくさん存在し、それらもまた一つの正解だと思っています。取り入れたものも、これから取り入れるものも、今後の学びとして向き合っていくつもりです。




