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*新作 完結* 本棚の向こう側  作者: Terra
◆ Afterword ◆
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66/66

あとがき




 本棚の向こう側へ辿り着いていただき、誠にありがとうございます。インスタグラムのサブアカウントの方では、ただただ小さな話を投稿し続けるだけでした。なので、この作品をどうぞと呼べるものが無いことに少々つまらなさを感じていました。

 その場所がどうすれば物書きらしい空間になるのか。そこで閃いたのが「本棚」でした。それも、カンペキでプロめいたものではないものです。この先も忘れてはならない初心が、「未完成な本棚」に「本の卵」として詰まっている場所にしたいと思いました。

 ここからは、本作の執筆にまつわるアレコレを綴らせていただきます。前作「BAR -Hallows Eve-」よりも題材が多いため、少々長くなっております。気が向きましたら是非。



~~~~~~~~~~~~~~~~~



【作品が閃いたキッカケ】


 前編「BAR -Hallows Eve-」のあとがきでも触れましたが、始まりは関西万博の展示品<夜の地球>です。それがオニキスというパワーストーンに見えたことから、まずは魔術師の存在ができあがり、そこから短編の世界の奥行きをつけたくて本作に至りました。

 それから、内容の決定は上記が主なキッカケであっても、先に「本棚の向こう側」というタイトルだけが降って来たのが、実は二年前(2024)。ただ、閃きはその一瞬に終わり、それから広がることはなかなかありませんでした。そこを後押ししたのが万博であり、あのパビリオンに出会っていなければ、この作品は未だ閉じられたままだったように思います。

 もう一つは、私事にはなりますが、集めた技法の整理です。創作論・書き方だけで、どれだけあるんだ。一体どうすればいいんだ。そこを集約するのにファンタジーになりました。私の執筆はたいていこんな感じです。

 本棚の向こう側の世界は、客観的になれる瞬間をくれました。幕がかけられたR指定作品もしっかり置かれていたわけですが、それもまた、一書き手であるならば冷静な目でそのジャンルに向き合い、観察・感覚の研磨に繋げてもいいのではないかと思いました。私にとって、本棚の向こう側は、他人の目になるための場所に思います。




【なぜ書くのか】


 物書きをしていると考えるのではないかと思います。私は、新しい作品にチャレンジする時は、たいていその疑問が浮かんでいます。どんな中身のものを書くかによっても、その答えは変わってくるような気もします。

 重ねての声掛けになりますが、この物語は決して、書き方や技術を押し付けるものではありません。

 私はおそらくこの先も、自由きままに物語を書いていきます。そして誰かに届けばいいなという仄かな願いまでに留め、行きたい方向へ進んでいくと思います。でもだからといって、腕も自由なままにはしておきたくはないと考えています。何作も書きながら上手になっていきたい。だからたくさんの技法を見聞きしてきました。

 中心となる六人の「表現者」は、いうなれば私を六等分したようなもの。皆が私の悩みそのものです。ただ、四人目の碧生はいき過ぎで、さすがに本人のような実績・経験はありませんが……(私の中にある碧生の要素は10%くらいです)。そして高齢のランについても悩みの割合としては低めですが、児童書を書こうとしていて苦戦している点はありました。私はこのジャンルを手掛けられるのは凄い事だと思っています。とある作家の方も、児童書は難しいと話しておられました。何がどうかはここで具体的には書きませんが、一つ上げるならば「配慮」です。相手が子どもだからこそ、ですね。


 この作品を書いていると、少しばかり私のSNSのタイムライン事情なんかも想像できそうだなと感じます。開けばその分だけ、執筆とはいかなるものかという話題に刺激を受けます。書籍や他の配信でも情報集めをし、それら全てが蓄積してできたのが、この長編と短編の世界です。

 長編の館長、短編の魔術師オニキスの言葉は、物書きをする、あるいは他の創作活動をする全ての方の背中を押すもの。ひとり一人のやり方を受け入れてくれ、支えてくれるもの。そうであってほしいと願っています。




【人物について(短編からのアンサー)】


◆ 館長


 パワーストーンがそのまま瞳になっています。第六話の末尾では、その存在がどういったものかの詳細をおおむね拾えるようにしたつもりです。最終、エピローグで回収しましたが、この世界の主こそが短編の主であり、パワーストーン魔術師オニキスでした。

 本作では描いておりませんが、手元にある設定としては、本人は石です。それも原石で、鉱山から転げ落ちただけのものです。

 原石は、磨けば磨くほど形や輝きを変えていき、誰かの目により留まりやすくなります。研磨するという表現は、どの創作活動にも当てはめることができます。その点が、石という人間ではない存在とはいえ、人の生き方と共通した部分があるとしています。

 カラスによって人間の世界に連れられ、そこに落ちた拍子に人間の姿を得た。その世界に溶け込もうとするには、たくさんの努力が必要でした。そんなエピソードがあります。



◆ ポストマン


 作中では何の言葉も発していませんが、様々な反応を見せていました。

 紫穂には癒されて眠り、晴には真剣な聞く姿勢。緋向に対しては疑問が多いなと思い、碧生に対しては腹が立っていました。藍斗へは勘違いをするなと鳴き、ランには紳士的な態度を見せました。

 ここも具体的には描いていませんが、手元の設定では、元は普通のカラスです。カラスは特性上、光るものが好きです。鉱山に転がっていたオニキスの煌めきに反応し、拾ったまま遠くの人で賑わう世界へ飛び立ったことから、新たな生き方が始まります。

 実際のオニキスはグレーの縞模様をもつ黒い石がほとんどです。しかし本作のオニキスには、独特な輝きを持たせました。その光にカラスは執着し、つきまとうようになりました。やがてそれが人間の姿を得るようになると、特別な約束と力を授かります。表現の世界を守るサポートに特化した魔力と、特定の期間だけ人間の姿を得てバーテンダーになることです。それが短編のクロウに繋がります。

 人間の姿になるなら、顔もそれらしく変わればよかったかもしれません。でもよくよく考えたら、あのBAR -Hallows Eve-を訪れるルールには「仮装をすること」とあるんです。ということは、もしかしたら顔を残したのは店の規則上必要だからであり、実のところ人間としての顔はあるんじゃないでしょうか。



◆ ヴェーラ


 本が大好きで勤勉なスウェーデンの方。本人をなくして、本棚の向こう側の世界は回りません。そういっても過言ではありません。

 幼い頃は、ハロウィンでは小さなキノコ姿になっていた。おさげに髪留めがムーンストーンというパワーストーンであることがポイント。このことから、前作短編に登場するあのリトルダケこそが、ついに夢を叶えてお手伝いさんになったということです。かなりの年月が経った設定にしています。短編では幼児であり、本作では成人ですから、ざっと十四年くらいです。

 ハロウィンの原点はアイルランド。だったらその国の人にしようかとも考えていました。しかしこの作品は、日本を中心とはするものの、世界と繋がりがあるように見せたかった。なので、色々な国の名前に触れて世界観を広げようという考えに至りました。

 それに一番の決め手は、北欧ならではの教育や文化です。北欧と聞くと、フィンランドの場合は「幸福度が高い」とされている点も興味深いです。

 そして、その中でももう一つ、本作の小さなアクセントとして取り入れたかったものがあります。性と、個人に定期的にわたされる基礎所得(ベーシックインカム)についてです(※ただし、これらを論じるのではなく一つの“問”として挿しこむ、細やかな締め色のようなものに留めています)。

 ヴェーラの場合はスウェーデンではありますが、そこもまた北欧の国です。上記の題材は、本人というキャラクターの形成材料の一部にもなるようにしています。




【隠れたテーマ<お金を稼がないこと>と<性>】


 最終項目でも触れていますが、本作を書くにあたり参考にした書籍がいくつかあります。その中の二冊に、アンチワーク哲学と題されたものと、性教育と題されたものがあります。

 前者は、私がある日、文学系のマルシェに赴いた際に出会った書籍です。「なぜ働きたくないのか?」「労働は必要なのか?」「人間が欲するものとは?」「労働とお金とは?」などのテーマを扱った一冊です。中学生と中年男性の二人が、それぞれのトピックについて哲学的に語り合う話ですが、会話文が多く読み進めやすいです。登場人物が中学生だからこそ、難易度が高い表現は出てこず考えやすい内容でした。そこにはベーシックインカム制度(個人に無条件で定期的に現金が支給されるシステム)についても触れられています。もし働かなくてもやっていけるなら、どれくらい身軽になれるだろう。人はもっと人に貢献するのでしょうか。そんなことも考えさせられる内容でした。

 後者は、私がもともと別の作品を執筆をするために手に入れた書籍です。性にまつわる課題が後を絶たない昨今、何歳の段階から性教育というものは必要で、それはどのように展開されていくのが望ましいのか。それが気になったのがキッカケでした。そしてまた、次に書こうと思っている長編で「多様な性」を扱うつもりでおり、ちょっとしたアウトプットを兼ねて、本作でヴェーラにガイドさせたのもあります。

 このように、なぜそんな二つのテーマを本作に捻じ込む必要があったのか。私が書く物語は、様々な場所(SNS)で記載もしているのですが、リフレクションファンタジーです。リアルさ、選択・判断、問、世界への参加を「映し出す」作品です。そのため、扱うものが時として重いです。堅苦しい瞬間もあります。表現がストレートになることもあります。説明・情報がおおくなる文章環境だったりもします。

 このことから「私が書くのは、“立ち止まって問う物語”」です。作中では誰を指していたのでしょう。




【「表現者」と「迷い人」のちょっとした違い】


 初めに各章タイトルについて。作中で登場するニュースレターという、悩める表現者についての新聞が届くという仕組みなのですが、各章タイトルはそのニュースレターの見出しとしています。その中身が具体的に描かれているわけではありませんが、そういったこだわりを持ってつけていました。

 本作のプロローグはヴェーラ本人のガイドからはじまっていますが、その中には、「ぐうぜん迷い込んだか、それとも“なぜ書くのか”の答えを探しにか」というヒントがあります。

 「表現者」とされる客人は、予め本棚の向こう側の世界で既に把握をされている存在です。

 一方、第六話「ふらりふらり……」に登場したラン(嵐)は、本作の中でも唯一、「表現者」と呼ばれなかった客人です。といっても、おおむね他の章の客人と同じだった点はあると思います。しかしランに関してはニュースレターが館長達に届いておらず、またラン自身も「本棚の向こう側」を全く知りませんでした。この点が、プロローグの「偶然たどりついたか」にあたります。

 第一話に登場した紫穂が、本棚の向こう側から帰宅する直前、少しだけ考えた瞬間がありました。偶然たどりつくにしても何か条件があるのではないか、というものです。

 ヴェーラが棚の整理をしているところ、ランの書籍に触れていた。その棚の向こう側で、ランも同じように棚の整理を悩みながら行っていた。つまりその条件が重なったことで、ランは「本棚の向こう側」に辿り着くことができたということになります。

 「迷い人」という表現は、短編で特に扱っているものです。シンプルに悩みを抱えている人を指していますが、そこでの主人公「私」もまた、ブックマーカーを授けられた作家の卵の一人であり、隠れた「表現者」です。しかし短編中では、あくまでもチラシを通じてそのルールに則って訪れた「迷い人」です。そして本作のランも、少しばかり特別ですが、そこに似た部類としています。

 ところで、それぞれの章の主人公の名前と石の色がリンクしていたことには気づきましたでしょうか。




【エピローグの最終シーン「私」】


 一人称で書かれた場面でした。その人は既にブックマーカーを持っており、「オニキス」がついたもの。本作ではそれを受け取った表現者はいません。つまりもっと別の時に訪れた客人ということになります。

 その人は「やっと」、限定的な夜に振るチラシを「再び」拾うことができました。そのことから、一度BAR -Hallows Eve-に来た人となります。この人はまだ、大きくなったリトルダケを知りません。もし、本作のエピローグの最後のシーンで、その人が「本棚の向こう側」に辿り着くことができたならば、ヴェーラの存在を知った途端に驚きの再会を果たすことになるでしょう。




【スウェーデンが好きになった話】


 その国にはお茶をする文化が根付いているようです。FIKA(フィーカ)といいます。「FIKAしよー」と日常で聞こえてくるくらい普通のことらしいです。私はそれにとても惹かれ、日常生活に取り入れるようにまでなりました。本作と短編を仕上げようとしていた時季は、まさにハロウィンの頃でしたし、外も急に寒くなりました。なので余計に温かい飲み物が美味しくなりました。

 FIKAという表現は一人で過ごす時にも使えるもので、その際は自分時間を堪能する、自分をリセットさせるための時間としての意味に変わったりもするそう。たいていは数人でお茶菓子を持ち寄り、コーヒーなど好きな飲み物を交わしながら会話をする時間を楽しむのだそう。その時間だけでも幸福度が上がりそうですね。私は基本的にジタバタ生活をしますので、朝だけでもじっとお茶を飲むことにしてみたところ、身体の調子がよくなりました。

 執筆を経験するということは、生活も変えてくれるものなんだなと実感。そういうゆるい楽しみ方もアリだと思います。




【参考書籍(オマージュ作品)】


・ハウルの動く城(スタジオジブリ 宮崎駿監督作)

・14歳からのアンチワーク哲学~なぜ僕らは働きたくないのか?~(まとも書房 著:ホモ・ネーモ)

・おうち性教育はじめます(株式会社KADOKAWA 著:フクチマミ 村瀬幸浩)

・私が間違っているかもしれない

(株式会社サンマーク出版

 著:ビョルン・ナッティコ・リンでブラッド、キャロライン・バンクラー、ナビッド・モディリ

 訳:児島 修)




【謝辞】


 ここまでお付き合いいただきありがとうございました。あらすじ、本編内のあとがきと重ねてになりますが、この物語は多くの創作者の方々が、自分らしい表現ができるよう願うためのものです。作中に登場するそれぞれの創作アイデイアは全て、私がリスペクトするものの一部であり、ここに取り入れられなかった技法もたくさん存在し、それらもまた一つの正解だと思っています。取り入れたものも、これから取り入れるものも、今後の学びとして向き合っていくつもりです。

 私が書く物語はダーク要素の割合がまだ多めです。でもこの作品にいたっては、ポジティブかつ優しさ、季節に適したビジョンで作ると決めていました。

 自分がやりたいこと、叶えたい夢、そのために頑張っていることを堂々と声にできる環境があるといいなと思っています。そういった願いは、例えば本作なら五人目の表現者「藍斗」の親子関係に落とし込みました。そして短編「BAR -Hallows Eve-」の主人公「私」のように、声にした夢を受け入れてくれる瞬間も同じです。

 本の卵と称される作品もきっと、誰かにとっての支えになれると信じています。本を開くことがない人にも、本を読む人の声から内容が伝わる機会があれば、小さくとも変化が起きる希望があると思っています。

 皆様にとって、すてきな芸術の秋になることをお祈りしております。


 Happy Halloween.




Terra






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