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*新作 完結* 本棚の向こう側  作者: Terra
◆ ふらりふらりと…… ◆
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11




         *




「あらら! あらっ……」


 ランは本棚に手をついたところで、目をまたたく。右手にはあのブックマーカーが、左手には整理しようと抜きかけていた海外ファンタジーがあった。


 急な出来事にしばし視線が揺れ、ふううっと肩で息を吐き出していく。そして、掴んだままの本の表紙と向き合った。キラキラした素材とパステル風の絵柄が、文字だけの世界に奥行きを作っている。その背は固い表紙に覆われており、そこにもまた、誰かの手が加わっていると指先で感じ取る。


「旅は一人でしているんじゃないのね」


 しんとした部屋に小さくころげた声に続き、ドアが開いた。ひょっこり、夫が顔をのぞかせてきた。


「……なんだ、書いてるのかと思いきや、片付けの方をやってるのか?」


 どっこらしょと、夫はランの隣に腰を据えると、その手の本を見ては膝元に積まれていた一冊を取る。


「そうバタバタと綺麗にしなくていいだろう? ここに思い出が詰まっている景色をまだ見てちゃいけないのか?」


「そうですか?」


 デスクの向こうからの西陽が、互いと、そこに散らばる思い出に触れてくる。


「そうだ。まだまだこんなことをする時じゃない」


 夫は言うと、空になった本棚に本を戻していく。そして、一冊の背表紙をじっと見てから、少しうなった。


「ほら、お前の本を俺はまだ縫ってないんだ。もっと先にすることがあるじゃないか」


 ランの中でその懐かしい感覚が、ほんのすぐそばに見える夢の糸口に変わる。


「そうなのよ……貴方から縫い方の基本を教わって、そこから応用すればいいって話してた……」


 けれども、時間にも力にも余裕が無かった。だからひとまず、書き続けることだけに絞ってここまできた。


「俺だって、別に諦めてたわけじゃない。覚えてたさ。でも今になった」


 夫が視線を逸らすと、ランは口をへの字にした途端、じわりと笑みが滲み出てしまう。


「じゃあ、少し案をちょうだいな。誰かに私の書きぶりを見てもらおうかと思うんだけど?」


「……それはでも、嫌なんじゃなかったのか?」


「そうよ。でもまぁ……何も、大衆と同じやり方をしなきゃいけないわけじゃないもの」


「それはそうだ。じゃあ、読んでもらう人を絞るのはどうだ? その道の先生とか。すると、お前が恐れていたことは無いんじゃないか?」


 ランはふらりと宙を見やる。書き方を習うこと――夫の助け船が勇気のオールを握らせてくれた時、恐怖心の波を越えられるような気がした。それでもやはり


「笑われるかしら……」


 不安の石が、ポトンと胸に落っこちる。ところが、ドボンと、夫の笑い声が大きく落ちてきた。


「お前のそういうところには、この先も笑うよ。でも俺は、お前の夢を笑ったことなんて一度もない」


 それは息子も、きっと孫も同じではないだろうかと、夫は言い添えた。

 ランは目をしばたくと、込み上げてきたムズムズしたものに思わず吹き出してしまう。そして、手にしていた本を棚に戻しては、瞼に力をこめた。


「私はね、“新しい世界への道標になるお話”を書いてみたいの」






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