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ヴェーラが扉を開けると、ふわりと真っ赤なトウカエデが舞い込んだ。ランが訪れた時よりも木の葉が増し、カサカサと賑やかな楽隊を連ねている。
「秋は短いですし、少しでも早くこの景色が見られるのは嬉しいですね、ランさん」
水色と桃色が合わさる秋空の下、ランは凛と立つ。その隣で、ヴェーラが一冊の本を出した。
「ランさんのお話、続きを楽しみにしています。戻られたら、執筆をなさる予定ですか?」
単行本ほどの大きさをした自分の作品をそっと手に取ると、ランは糸が剥き出しの背表紙に指を這わせた。
「そうそう。こんな風に綴じられるなら素敵だわねぇ……」
タイトルがまだ決まっていない。だからこそ、芸術的な縫い目があらわになった姿にうっとりしてしまう。紫色のチェーン柄をした縫い目が、複数の折丁を繋ぎ合わせている。その模様の間には橙色の糸がクロスを成し、かがり綴じされていた。
「ハロウィンらしいでしょう? 内容に応じて和綴じもあります。薄いものであれば直線縫いで綴じているものも。無線綴じといって、ノリでまとめて引っつけて製本したものもあるんです」
「貴方が全部やってるの? 大変でしょうに」
「いいえ。ヘッドがその腕をお持ちなので、大体は任せております。でも、私も手伝いますよ」
「まぁそう……そうだったの……」
この“未完成な本”に糸を通したい――その感覚がとても自分に似ており、遠ざかっていた夢がもう、少しだけ近づいて来たように思えた。
「もしまたここに来られるなら、このやり方を教わりたいわね」
昔を振り返り、調べれば、方法は簡単に分かることだった。けれども、そうせずに遠回りをすることで見つけてみたいものがある。
ヴェーラはランから冒険譚を受け取ると、背筋を伸ばした。
「ランさんの世界は、色や光が飛び出してくるようで、頭の中で絵を描いてる気分になります。それを今度は、現実世界にあるかどうかを探してみたくなるんです。つまり、やってみたい気持ちや、触れてみたいという気持ちが膨らむのですね」
ランは、ヴェーラの真っ直ぐな言葉についつい小さくなる。家族以外から言葉をもらう感覚に、いい意味で押しつぶされそうになる。
外へ踏み出せばその体験はもっとできるだろう。ただ、このような温かいものばかりではない現実にもまた、身構えてしまう。
しかし――そこでもう一度ブックマーカーを見つめた。
「ランさんはこれまで、早く手短にこなそうとされてきました。それはきっと、手際がよく、速やかだと評価されることだと思います。でも今は、時間ができました。なので、今度はゆっくりと考えを廻らせながら進むのはいかがでしょう。せっかくですから」
速い変化が連続する世間だからこそ、早く打ち出した方がいい、早く応えた方がいいと勘違いしてしまった。せっかく手に入れたスキルも、見つめ直すという手入れを怠ったままでは、いずれ使い物にならなくなる。
「たくさん気づかせて下さり、ありがとうございました、ヴェーラさん。館長さんとカラスさんにも、どうぞよろしくお伝え下さい」
深々と頭を下げると、ランは目元に集まる熱をどうにか冷ました。
ヴェーラは短い返事に留めると、扉に帰っていく。
「ああ、あの! 道はこっちでよかったかしら?」
だが、ヴェーラはにこやかに手を振るだけで、そのまま扉の音が小さくしぼんでいった。




