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館長の問いかけに、ランは考えながらそれを優しく手に迎えた。
「パワーストーンは詳しくはありませんが、御守りにと、昔に夫と息子に贈ったことがあります」
店に並ぶ石の数々に目移りしたことを思い出すと、ある種類が閃いた。
「なんだか、台風が来た時にニュースで見る衛星画像みたいだわ。曇った時の海は、まさにこんな色をしてる。この茶色や金色は、タイガーアイと同じものですか?」
その時、タンッとヴェーラがカウンターを打った。
「台風とはヘッド、嵐のことでしたっけ?」
「あらま……」
館長は、石に引き寄せられていく二人に口を開いた。
「おっしゃる通り、タイガーアイも関わっております。他にもホークスアイとして知られており、それらの石が地殻変動を経て砕け、石英と混ざり合い、再結晶したものです。またの名をテンペストストーン――嵐の石といいます」
ランは息を吸い込んだ。今やその名前に揺さぶられることはなくなったが、ふと思い出すと、胸のどこかがチクリとする。だがその記憶とも、今この瞬間をもって向き合い方を変えてもいいかもしれない。思考が軌道修正をしようと、全身をジンジンと震わせてくる。
「目標に進むために、新しい考え方へ導いてくれる力があります。貴方に備わっているはずの行動力を引き立て、変化を乗り越える手助けをしてくれるでしょう」
大自然がそのまま小さな塊になって降ってきたような石を、ランはそっと指先に触れる。
「いくつになっても夢を追うことはいい、ではありませんか?」
はっと、ブックマーカーを握る手が痺れだす。
いくつになっても――それを意識するようになったのも、子ども達がキッカケだった。彼らはどんな大人を見てこれから育っていくのだろう。それを考えた時、夢を目指して活き活きする人の背中を想像してきた。
「新しいことに触れるには、誰でも勇気が要るものです。だからこそ貴方だけの易しい約束を作り、支えにしてみる。それを守れたという成功体験を積み上げれば、遠い夢もそこに見えはじめるでしょう」
館長の言葉に、ランは保育補助をしていた時の自分を重ねていく。スモールステップを設けることは、自分が実際に子ども達に提供していたことだった。
「一行一行、次第に長く本を読めるようになる人がいるように。“自分は作家だ”と口にしてみようと思える日も、きっと」
館長は一度マグカップを口に運ぶと、ああ、と何かを思い出した。
「ところで嵐さん。日本には、八十代にして小説家になられた方がいるそうですね」
「まぁ、本当に!?」
「どんな方なの、ヘッド?」
ヴェーラはすっかりカウンターに肘をつき、子どものように話の続きを楽しみにしていた。
「今できることに挑む、という生き方をされている人です。何重にも歳を重ねても、その時の自分の視点で世の中を記録する。そしてそれは、次世代に伝えていくことができる。そういったお考えをお持ちです。書き続けることそのものは、遺産のようなものです」
館長は、瞼とともにそっと話を閉じていった。
ランは、手元が目に滲む熱に緩んでいくと、ふふっと笑ってごまかし、マグカップに片手を添える。じんわりと広がる温もりが、気持ちを静かに掻き立ててくる。心を柔らかく包み込んでくれる言葉に、何かを返すことができればと――
「館長さん。私はこの場所のことを全く知りませんでした。とても特別なところです。でも、それでも私がいる世界にあるものと変わらないものもありますね」
ただ心の波に乗るのではなく、努めて言葉を紡いでくるランに、館長は首をかしげる。
「実はもっとありきたりな力がくれるものって、あると思うんです」
館長が目を見開く様子が珍しいあまり、ヴェーラもまた目を丸くする。
ランは、そんな二人にクスクス笑うと、残りのアップルサイダーを飲み干した。
「新しいもの好きですか……そうですね、努力を避けて通れる道などありはしません。もう少し、ここにどんなものが隠れているのかを見てもいいかしら?」
館長は表情を緩めると、本棚へゆるりと手を差し出した。
「どうぞ、ごゆっくり」




