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「貴方はあまり、ここのことを大きくは驚かれないのですね」
館長の声に、ランはふと頭を上げた。淡い光にぼやけて浮かび上がるその顔を、じっと見つめてしまう。
まつ毛は長く、しおらしい。特別な格好をしていないのに、その存在感は、館内に点在する石のように個性的だった。首にかかるチェーンが繋ぐ金縁の老眼鏡をには、親近感が湧く。
「そうですね。長く不思議なものについて考えてきたからかもしれません」
館長は小さくうなずくと、マグカップのそばに手を添えた。
「ところで、貴方も独自の世界を表現なさるようですね」
ランの身体の中にたくさんの感情が渦巻いているのを、ゆらゆらと放たれる熱から感じ取っていく。中身は大はしゃぎする子どものようだ。自ら気持ちをコントロールすることを覚えても、やはり本棚のあちこちに視線をやり続ける様子は好奇心に満ち満ちており、針で突けば弾けそうなほどだと、館長はじっと目を細めていく。
「表現ですか……歌も踊りも、読み聞かせもしてきましたねぇ。料理は未だにですし、この先もまだまだ。そのかたわら物書きをしてみたり……ああ、そうだわ!」
ランは、ヴェーラが置いた本に前のめりになる。
「私は一度たりとも受賞したことがないのに、どうして本になってるのかしら?」
息子と夫にすすめられ、今やすっかりキーボードで書くようになったが、それ以前に用意した手書きの原稿は、応募先に送ったままだ。それなのに、ヴェーラは当たり前のように次から次へと作品を持ってくる。
「ランさんの児童書がこんなにありました。どれも不思議で楽しい冒険に出かけるものばかりです。ただ幻想的な空間を語るだけではなく、一冊一冊が学びに繋がるようになっています。子ども達に寄り添うようですね」
それぞれが並べられると、ヴェーラは順に手に取っていく。
「こちらは保健と体育、こちらは家庭科です。旅路を行くごとに小さな知識を蓄えられる仕組みで、とても素晴らしい作家さんですね」
それはあまりにも眩しすぎる言葉で、ランは苦笑まじりに頭を深々と下ろす。
「ありがとう、ヴェーラさん。でも私は、ただの一つもその実績を持っていませんし、書き方だって教わったこともないんです。勉強だってホント苦手で、長く継続できない性格だからこそ怖気づいて……なのに作家を名乗るなんてとんでもないわ。もちろん、頂いた言葉は大切に受け取りますけれど」
すると館長が、カウンターに積まれた一番上の本を取った。じりじりと目を這わせる様子こそ、まるで審査をされているようだった。ランはハラハラする胸を抑えるのに、つい口を挟んでしまう。
「あの、いいんですよ。そんなちゃんとした本ではないのですから」
そう言って館長の読書を止めようとした時――金色の細かな輝きを泳がせた瞳に、シュッととらえられてしまう。 ふっと微笑みかけられては、館長はまたページの世界に戻っていった。
ランは手元まで落ち着かなくなっていく。
「子どもに教えたいという気持ちが、ただ浮かんだまま連なった文章でしょう? 目についたものをすぐにでも取り入れてしまうの」
それから振り返ると、本来仕上げようとしていた形から逸れている。普段から料理をしていて得意だが、同じ作る作業でも執筆になると、どうしても材料の扱い方が分からない初心者に舞い戻ってしまう。
「だからなかなか上手くいかないのでしょうね。まずはやってみる、その方が早いだろうなんて、無計画に走るものだから……」
トンッと、本が閉じられた。その音にランが視線を動かすと、館長は眉一つ動かさず優雅にマグカップを口に運ぶ。そして、本の上に手を乗せた。
「嵐さん。貴方は“なぜ書くのですか?”」




