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ランはそれをしばし見つめてから遅れてアームチェアにつくと、クリーム色をした温かいアップルサイダーに、たちまち気分が燃え上がる。
「まぁ……! ヴェーラさん、この飲み物をどうして知ってるの!?」
口走ってしまうランに、ヴェーラは先ほど手にしていた物語を開くと、そこの一行を指差した。
「サイダーとはシードルというフランス語だ、とカカシのマスターが言っています。フランスでは、りんご酒のことを言うのですね。お酒が発酵して泡立つ様子から、炭酸の飲み物にサイダーという名前がついたんです」
ランは肌がぞくぞくした。苦手なインターネットでゆっくりと集めた情報だった。それを、ハロウィンの国に迷い込んだ主人公が訪れた飲み屋で、カカシのバーテンダーが語るように書いた。
ヴェーラは顔を上げると、作り方や予備知識を引き出していく。
「アップルサイダーは、ろ過しないりんごジュースなので、濃厚さが楽しめます。アメリカやカナダでは、りんごの旬は秋から冬で、日本と同じです。だからハロウィン、感謝祭、そしてクリスマスでは、温かくして飲むのも珍しくありません」
それからと、ヴェーラは次のページをめくる。
「シュワシュワなんかしてないよ、それは君達のところの飲み物さ、とカカシは言いました。このことから、実際は炭酸飲料ではありません。焼きりんごに、スパイスに、お砂糖。大人向けだと、りんごでできたビールを使うんだ、と話しています」
まだありますよと、ヴェーラは楽し気に次の行を辿っていく。
「ハロウィンは、ヨーロッパの古代ケルト人による秋のお祭りさ。りんごは果物の女神なんだよ、と。このカカシの話、面白いだけでなくて発見があって、私もつい読み入ってしまいました」
ヴェーラはそっと本を閉じると、口をぽっかりさせるランに笑いかける。
「それが広まったことで、今でもりんごの飲み物を飲んだり、りんご食い競争があったりするのですね。ランさんのこの物語はハロウィンがテーマですが、ただ誰かを驚かせてお菓子を貰うだけの行事ではないのだと教えてくれます。もっと違う知識を与えてくれる要素がたくさんあって、大人になってもまだ知らないことがあるんだと思わされました」
「まぁまぁ!」
ランは手を叩くと、アクセントに生姜の香りがピリリと漂う温かいマグカップをそっと包んでいく。一口啜ると、甘さが身体の隅から隅まで広がり、りんご農園に立っているような気持ちになる。とろとろと喉を通り、お腹におさまっていく感覚に芯からホッとすると、肩を撫で下ろした。
そばに光る水色の石を見ると、爽やかな色合いが心の中をスルスルと風のように抜け、整えてくるようだ。
「こんなにおいしいものだと伝わるなら、もっと知ってもらいたいわね……」
まぁ、いいのよ――そう言いながら生きる一方で、その言葉通りに事を済ませてばかりなのは如何なものかと思うこともあった。
執筆で上手くいかないことを繰り返す以外にも、失敗を重ねてきた。気が急いて忘れ物をするだけでなく、大事なものを見落としてきた。調べ不足で間違えた道を行ったこともある。今よりもっと慌ただしい性格だった若い頃は、他人によく誤解されて怒られた。まぁその時何とかすればいいじゃないかと言い、その選択は時に相手の調子を乱した。
片や、友達や身内で落ち着いて上手くやれている姿を見ると、歯がゆかった。一つ一つ丁寧に向き合える誰かとは違い、自分は何か思い立つとその足であちこちに気が分散する。
子どもと関わる仕事に落ち着けたことで見出した特技で、何かを成し遂げてみたくなった。そして今日まで、その挑戦だけは流さずに向き合ってきた。




