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ランはヴェーラの行き先を追おうにも、どこかから視線を感じ、ソファーチェアを振り見た。すると、その近くに据え置かれた樹木を模した止まり木に、あのカラスがいた。片足がキラリと光り、気になって顔を近づけてみるも、カラスはそれを腹に引っ込めてしまう。
「あらごめんなさい。ところで、人の話が聞けるようで利口なのね?」
カラスはすっくと背筋を伸ばすと、一つ、ぐうんと頭を下げた。
ランは胸をくすぐられると、ひょろりと目についた本棚に向かう。偶然にもそこは、あらゆる言語で綴られた児童書のコーナーだった。
「こんなにたくさん……」
一冊を抜いたそこから、とろりと光があふれ出す。
「まぁ! どこかに繋がってるの!?」
興味深い現象に、次々と本をひっこ抜いていく。光の向こうには、いそいそと動き回る人や、机にかじりつく人、分厚い原稿をパラパラと捲りながらメガネを直す人が見えた。
「皆さん何をしてらっしゃるのかしら……?」
キーボードを叩いたりペンを走らせる人の姿に、じっと釘付けになる。その人達の暮らしをスクリーンで眺めるような感覚は、しばらく続いた。隣の隙間、そのまた隣の隙間へと移動すると、テレビのチャンネルが切り替わるように景色が変わる。と、次に横歩きした途端、はっと目を見開いた。
「お母さん、これ読んでよ」
「あら何度も読んだじゃない。もう一人で読めるでしょ?」
「いつも寝る前はそんなこと言わなかったのにー」
それは、息子が小学生の時に読書に誘ってくれた夜のことだった。優しい金色の光に包まれながら、ぼやけた会話が流れてくる。ランは、当時二人で手にしていたその本――自分が一番初めに書いた簡単な絵本に染みついた思い出を、胸に握り締めていく。
不思議なものに出会える世界を通じて、息子の想像力はどんどん膨らんでいった。それが素直で愛らしく、発想の広がりに感動し、もっと多くの子ども達にそれを体験してもらいたいと閃いた。
そこで浮かんだのが、職場での“お話の時間”だ。絵本の読み聞かせ以外にも、スタッフ一人で話を語る時間があった。それがとても得意であり、オリジナルのおとぎ話を聞かせたこともある。
では書いてみようか――そう思い、その道へのプロセスを辿ろうとした矢先、足がすくんだ。そして相変わらず、肩の力を抜いてやれることを探そうとした。
「ようこそ嵐さん。ルームシューズをどうぞ」
「へっ!?」
唐突な低い声に、ランは跳び上がる。はたと横を振り見ると、ヴェーラではない別の誰かが立っていた。秋らしいチェック柄のショールに、細かめのカールが当たる黒髪が右肩に横たわるように流れている。
「お足元への配慮が遅れて申し訳ありません。当館の館長です。よろしければお掛け下さい。私も同じものを頂くところです」
「はぁ……」
ランはおずおずとボア付きのシューズに足を入れると、館長が差し伸べる先を見やる。カウンターではヴェーラが、ハロウィンらしい柄のついたマグカップを二つ並べているところだった。そこからほんのりと立つ湯気に、胸の高鳴りが大きくなっていく。
「物語に登場するものを口にできるのは、嬉しくなりますね」
館長がそっと言い添えると、そのままソファーチェアに回った。




