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扉が閉まる音が響き、辺りがしんと静まり返っていく。かと思えば誰かの話し声が聞こえ、耳をそばだてた。
「ポストマン、今年はアメリカのいつものリンゴ農園の方から、たくさん分けて頂けたのよ。近いうちにもう一箱もらえるんですって。アップルサイダー作り、私も手伝った方がいいんじゃない?」
カウンターの向こうからの声に、ランはそろそろと近づいていく。カーブを描く艶めいたそこに辿り着くにつれ、水色のゴツゴツとした灯に目を奪われた。
「何かの原石かしら……」
そこへ、また声が聞こえてきた。
「そう、一人でやれるの。まぁ、あなたはその道のプロだものね。ところで最近、どうしてハロウィンにアップルサイダーを飲むのか、この本で知ったのよ。“BAR”のメニューボードの一番上に絶対あったのはそういうことだったんだ、って。でも、あまり頼んでる人を見たことないわ」
ランは、声の方にうんと近づきながら身を屈めていく。カウンターの端から顔をのぞかせると、そこにはチェック柄のバンダナを巻いたお下げの誰かと、床でパタパタ歩き回るカラスがおり、たくさんの本を床に広げて整理していた。
と、その時――カラスがギンッと背筋を伸ばしたかと思うと、素っ頓狂な声を上げて羽ばたいた。唐突な騒ぎにランは激しく立ち上がると、同じく驚き跳び上がるおさげの人と顔が合った。
「あらあらごめんなさい、邪魔をするつもりはなかったのよ。ただその、とてもドキドキするお話で、つい聞いてみたくなって……」
ランは何度も腰を屈めると、柔らかな笑い声とともにブーツの足先が視界をのぞいてきた。
「こちらこそ失礼いたしました、お出迎えもせずに。私は当館“本棚の向こう側”のガイドをしております、ヴェーラです」
「え? 本棚の、向こう……? 何て?」
耳を傾けるランに、ヴェーラはその場の空気に滲み出る情報を辿るように、じわじわと顔を近づけていく。
「……ひょっとして、この本の方でしょうか!?」
ヴェーラが両手に掲げた本のタイトルと著者名に、ランは目を丸める。
「まぁどうして!?」
「“アラシ”さんですよね? 児童向けの冒険ファンタジーを書かれている。たくさんの世界を見せてくれる!」
無邪気に本を握るヴェーラにランは胸が温まると、とても久しぶりで懐かしい呼び間違えに、くすりと笑った。
「いいえヴェーラさん、私“嵐”と書いて“ラン”と申します。力強い人間になるようにという願いが、とても露骨に出た名前です。歳を重ねるごとにようやく好きになりました」
「まぁなんてこと! それまた重ねての失礼を……」
「まぁいいんですよ、そんなこと。それより、まだドキドキするわ……」
ランが頭上に目を輝かせていると、ヴェーラはそばに歩み寄る。
「お好きなお飲み物を申して下さい。何でもご用意できます」
「あら、何でも? じゃあ……さっき話してたアップルサイダーはどうかしら?」
少し意地悪だろうかと返事を待つも、ヴェーラはパチパチと目をまたたかせては、大きくうなずいた。
「もちろんです! しばしお待ちください」
それからせっせと床の本を片付け、ドサッとカウンターに置くと、灯の影に姿を消してしまった。




