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どこか遠くへ吸い込まれていくヒツジ雲が、時を知らせてくる。館の周りでは葉が少しずつ色をまとい、あらゆる彼岸花がうたた寝するように揺れていた。
それを眺めていたヴェーラは、カラカラと吹きつける風に咳払いする。栗色と白のタータンチェックのバンダナをおさげの下で結び直すと、くるみ色のワンピースに少し絡みついていた埃をパッパと払った。同色のレースアップしたショートブーツのそばに、カラスがふっさりと舞い降りると、トツトツと足先を突いてきた。
「ポストマン、季節が廻るのはあっという間だわ。なんだか少し寂しいわね」
ヴェーラは白色の彼岸花を見つめ、ふっと息を吐く。
カラスはググッと喉を鳴らすと、柔らかに声をかけた。それでも、ヴェーラはどこか上の空だった。
「珍しいね、あんたがそんなにも“また会いたい”と思うなんて」
午後の風に吹かれながらやって来た館長は、ヴェーラのそばに立つと、手にしていたタータンチェックのショールをちょいと差し出す。
「これから陽が傾くごとに冷えるからね」
「まぁ、なんて可愛らしいのかしらヘッド! 素敵、留め具をムーンストーンにしてくれたのね!」
館長には幼い頃から色々なパワーストーンを見せてくれたが、ある日を境に、引き寄せられるようにその石と出会うようになった。
いつも真っ直ぐな心のままに生き、迷いに遭遇すれば立ち止まること。そうすれば、新しい道を切り開いて進む勇気をくれるといった、大切な守りの石だ。他にも、他者の意見に耳を傾ける心を育むものとされており、その力にこそ、ヴェーラはずっと惹かれている。
ところが笑顔が戻るのも束の間、ヴェーラはまた彼岸花に気が逸れていく。
館長はそれを横目に、隣で揺れる黄色の彼岸花を見た。温かみのある色合いは、今日までのあらゆる日々をじわじわとさかのぼらせ、想いを馳せる時をもたらす。
今年が終わるまで、あとひと月と少し。変わらず静かに新年は訪れ、去る。何かが壊れて消えてしまうような、そんな大それたことが起こるわけではない。けれども、自ずとこれまでの歩みを振り返り、考えてしまうのだ。然るべき時にちゃんと動こうとする心が呼び起こす、意志なのかもしれない。
「“表現者さん”との別れ際には、必ず伝えていることがあります。“貴方の物語を引き続き読ませていただきます”という気持ちです。でも先日、それをうっかり忘れてしまいました……」
ぽそぽそとこぼれるヴェーラの胸の内を、館長はひとつぶずつ拾い上げるように聞き終えると、髪の影に笑みを浮かべた。
「忘れたんじゃないよ。あんたが、それよりも優先すべき事を選んだだけさ」
ヴェーラがくるりと振り見たその時、館長と瞳があった。チラチラと塵のように細かな金色の光が、あたたかい蜜のように心に流れ込んでくる。
「永遠ではない時間の中で、何を伝えるのがいいか。あんたはその判断をしたまでだよ。その時に普段通りにできなかったからといって、その、誰にでも平等でありたい心が変わるわけじゃない。常に忘れずに抱いている感情は、別の形であれ届くものさ」
館長は、そのまた隣に佇むピンク色の彼岸花を撫でる。
「いつも通りでない生き方の中にも、楽しさが転がっている。どんなことでも一番はいつだって、“楽しめるかどうか”に返ってくるのかもしれないね」
ひゅんっと風が力を増し、黄色い木の葉が宙を切った。石畳に落ちてきたテツカエデを拾うと、ヴェーラは茎をくるりと回した拍子に、クスッと笑う。
「そうですね。どうもありがとうございます、ヘッド。そういえば、休館日のチラシができたんです。後はポストマンに、ひとっ飛びしてもらうだけ。今年も歌が聞こえるでしょうか?」
「さぁどうだろうね。そればかりは“迷い人”の気分次第さ」
「聞こえなかったり、声が足りないようなら、私がもっと歌って夜道を歩きます。カブのランタンを持って、今度は少し背が伸びたマッシュルームになって」
そうすればもっとこの場所を――ここに潜む気持ちや考えを広められるかもしれない。と、ヴェーラは心で呟いた。
館長は瞳の奥に光を仕舞い、ゆったりと背を向けて歩き出す。
「ならば、来年もまた助かるよ。多くの人達がね」
扉が軋む音に引かれるように、カラスがひゅるりと入っていく。
ヴェーラは抱えていたショールを羽織ると、首元のムーンストーンの留め具をかけ、ふっくらと頬を上げた。




