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外に出た途端、蛍がヴェーラと藍斗の前を過ると、空を仰がせた。三日月が薄っすらと笑いかけてくる。
藍斗は、書き直す前の本にカイヤナイトが揺れるブックマーカーを挟むと、大事に抱え直した。
「ところで藍斗さん、この後はすぐ執筆ですか?」
「んー……そうだなぁ、ひとまず今夜の投稿をします。それから、これをちょっと読み返してみます。後は、自分の書き方をもう一度考えてみようかな」
その詰め込もうとする様子に、ヴェーラは慌てて首を振る。
「とても真面目で懸命でおられますが、それで疲れてしまっては元も子もありませんよ」
「……何かそれ、父さんみたい」
藍斗は笑うと、石畳を少し進んではヴェーラを振り返った。
「大丈夫です。何だか今日は、いつもと違うやる気が湧いてるんで。もっと落ち着いてやればいいんだって思いましたから。それはきっと、読者さんと向き合うことなのかもしれないし」
頭の中にある世界を見せる執筆は、ショーのようなもの。なのに、今までずっとリハーサルを披露していたようで、背中がくすぐったい。しかし、以前のようなマイナス思考が渦巻くことはなかった。
「それならいいのですが。もしよろしければ、これからは藍斗さんのこだわりもお伝えしてみるのはどうでしょう。読者の皆様は、藍斗さんのお話に興味があると思います。せっかくですから」
それと、と、ヴェーラは一つ前に出て人差し指を立てた。
「ご意見を頂けることは、とてもいいことだと思います。でも、その意見がいつも藍斗さんのためになるものとは限りません。まずは一つお礼をお伝えするに留めて、後に吟味されるのは、その、いかがでしょう……」
だんだん声が小さくなると、顔に不安が滲み、被っていたカンカン帽で口元を隠してしまう。落ちてしまう視線は、地面をぐねぐねと泳いだ。
藍斗はなんとなく、この不思議な時間を振り返ってみる。同じではないが、似たような反応をするヴェーラを見た気がした。何か困らせただろうかと、足元にその答えを探ってしまう。だが、柔らかい緑色の光がツウウっと過り、宙に浮かび上がるにつれて顔が上がっていくと、ピタリと目が合った。
「また来ていいですか? っていうか、また来られるんでしょうか、ここ」
反射的に前に出てしまった藍斗だが、それを見てヴェーラは、帽子を被り直して微笑んだ。
「はい。きっとまた」
「じゃあ、また色々聞かせて下さい。ヴェーラさんと話すの、楽しかったんで。ここのこともまだまだ知りたいし。ああその、知りたいっていうのは、言いふらしたいとかそんな意味じゃないですよ。大事なものが、守るべきものが、たくさんありそうだからってことです」
藍斗の声を静かに揺らめく火のように感じながら、ヴェーラはそっと扉を開けた。
「はい。大事なものが、ここにはたくさんございます。私も、ここに集まる願いを、ここが大切にし続けているものを守っていきたいと心から思っています。なので、それが少しでも伝わったのであれば嬉しいです。ありがとうございます」
そしてヴェーラは大きく振り返ると、深々とお辞儀をし、眩しく笑った。
藍斗は肩を撫で下ろすと、こちらに手を振るヴェーラに手を振り返す。
「それでは」
「また」




