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藍斗は一息吐くと、本を戻そうと棚に向き直る。そこへ、温かみのある淡い光が隙間から漏れ出ているのを見て、思わず顔を近づけてた。向こうに薄っすらと浮かび上がる光景は、次第に音を運び、声を運んでくる。
オルゴールの音色が微かに聞こえてくると、赤ん坊のごきげんな笑い声がした。そばには二人の大人がいる。きっと両親であり、二人はとても幸せそうに微笑んでいる。その家族の向こうにはデスクがあり、そこに本がひらひらとめくれるのが見えた。少々厚みのある本に気づくと同時に、藍斗は自分が手にしている本にはっとする。
「なんか、さっき読んだ内容とかなり違ってる。この人は、変われたってことなのかな……」
だとすると何があったのだろうと、その家族にもっと顔を寄せようとすると
「ようこそ“本棚の向こう側へ”、藍斗さん」
ゾゾッと、低く緩やかな声が足を這い上がって来た。藍斗は肩で驚いても、梯子を掴んだまま放さず、また思わず背後を見てしまわないよう、息を呑んで姿勢を保つ。
「そういった本からは、人の心の動きがよくうかがえるほか、その人だけの答えを見られます。それを静かに見守るように向き合えるとは、流石ですね」
藍斗はしばし目を左右させた後、本を戻すと、肩越しに声の主をのぞいた。そして慎重に梯子を下りていくと、おそるおそる相手を振り返る。カールが当たった黒髪に、和柄のワンピース姿。母よりも年上に見えてしまう。
「ヴェーラ、さん……? なんか、変わりましたね……」
そこへまたカラスが一驚上げ、するりとその人の肩に降り立った。
藍斗は、カラスに凛とした目力を向けられると同時に、その人の眼差しからも目が離せなくなる。互いによく似た瞳だが、光り方が違っていた。こんなにもまじまじと人の顔を見ることはないのだが、何故かそうせずにはいられなくなる。
「私は当館の館長です。ヴェーラは持ち場ですよ」
館長が見やる先をのぞくと、藍斗は火を噴くように縮み上がる。ヴェーラは鼻歌にのせて、たくさんの本を棚に納めているところだった。
「す、すみません! そりゃそうですよね、全く別人なのに、僕何言ってんのか!」
「お気になさらず。ところで、ヴェーラにしばし付いてみてはどうでしょう」
ドドッと、藍斗の胸が突かれる。
「ここは貴方が知っておられる通り、指導などはいたしません。しかし“広がり”をお見せすることはできます」
広がり――それが頭に残ったまま、藍斗はヴェーラをじっと見つめてしまう。親しみやすい性格はとても心地よかった。ただ、これまであまり異性と話す機会は無く、いざ館長に手を差し出されても足が動かない。
「いや、何か忙しそうですし、飲み物をいただ――」
半端な言葉は、つい目の前にいたはずの館長の空白を漂い、消えてしまう。藍斗はぐるぐると辺りを見回し、消えた館長を探すのだが、カラスだけがいつの間にか、カウンターの止まり木で休んでいた。
「……魔女じゃん、絶対」
ぼそりと呟いた時、視線を感じた。ふとカウンターの先を向くと、ヴェーラがこちらを見つめて立っていた。何が気になったのか、手が止まっている。
「ああ、あの……」
近づこうとすると、ヴェーラははっとし、ふわりと笑った。そして思い出したように手を動かしていく。
「私は、藍斗さんは本当は自信にあふれているのではないかと感じます」
「へ……?」
妙に高くてひん曲がった声をこぼしてしまった。
「最近、書き直されたページがありましたね。どうなさったのですか?」
眉間をグイイッと寄せるヴェーラに、藍斗の鼓動が大きく鳴った。




