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本のドームと表現すればいいのだろうかと、藍斗は言葉を失くす中でも想像力を働かせる。目につく一冊一冊に引っ張られるようで、すぐに棚へ吸い寄せられてしまった。
「これが本棚だよな……」
自分の部屋にあるそれと比べては、この場の棚に手を当てて見上げてしまう。
小説を書く割には部屋にこのような景色が微塵もないと、藍斗はどこか縮こまるようにして首を掻く。そこへヴェーラがやって来ると、カウンターに手を差し出した。
「あちらに冷たい白ぶどうジュースをご用意しましたので、いつでもお好きな時にお召し上がり下さい」
「え、何で!? それは僕がいつも」
「はい。出先の自動販売機でよくご購入されていますよね」
どこか嬉しそうにおさげを揺らすヴェーラを、藍斗は穴が開くほど見つめてしまう。
その飲み物は、喉ごしがとても爽やかで好きだった。特に汗をかくこの時期は最高のご褒美で、時々二本も飲んでしまう。一体どうして好みまで知られているのかと、口がぽかんと開いていく。と、ヴェーラはクスクス笑った。
「驚かせてしまってごめんなさいね。藍斗さんのことは、当館“本棚の向こう側”に届くニュースレターを通じて、先に情報を頂いておりまして」
「“本棚の向こう側”!? え、じゃあ本当にここが……いやいや待って待って待って」
それはそういうタイトルの物語であり、その世界に執筆をする人が辿り着いて、書けない悩みが解消されるという話ではないのか。
ところが、頭上から本棚に見下ろされているせいで何を言おうとしていたかも忘れ、藍斗はすぐそばの梯子に手をかけてしまう。数段上ってみたところでヴェーラを振り返ってみるも、その人は変わらずにこやかでいた。
「一番上まで真っ直ぐ登って頂けますよ。ただし、下に気を逸らし過ぎないようにだけご注意下さい」
藍斗はこくこくとうなずくと、梯子と本棚に集中しながら上ってみた。
どこまでも長く続く本棚を、ゆっくりと流し見しながらステップを踏んでいく。詩集や歌集に写真集、日記風のエッセイもあった。片手を手すりに回し、一つ一つをパラパラとめくってみる。
古風な歌に思える言葉の並びから、現代風の歌で背景がそのまま伝わりやすい歌と様々だ。写真集は外国のもので、英語ではない国の言語で筆者の名前らしきものが記されている。見ている限りだと、早朝の無人の街並みばかりを集めた作品で、自然と清々しさや静寂さが伝わってくる。日記風のエッセイは手書きで、余白を広く取りながら、よく分からない言語が綺麗につづられていた。
「色んな本があるんですね!」
注意された通り、本と梯子に意識を向けたまま、藍斗はヴェーラに声をかけた。
「じっと文字に集中してみて下さい。面白いですよ」
藍斗は小首をかしげるも、言われるがまま読めない言語を見つめてみる。すると、文字が次第に歪みはじめた。金色に光りながら形を崩し、別の姿に変えていく。
“今日こそ忘れられない日になってしまうだろう。あの人と共に見ていると錯覚していた夢と、そのために備えてきたものの何もかもを、手放さずにはいられなくなった。私は今日、完全に崩れてしまったのに、それでもこの世界は明るく廻る。粉々になる私を照らそうとするのはどうして――”
「……この人、泣いてたのかな」
文章の途中が濡れて滲んでしまっているのを見た途端、藍斗ははっとした。
「ヴェーラさん、僕、この本読めます!」
藍斗は手にしていた本を掲げ、ヴェーラを振り向いた。その時、自分が床とほぼ並行の位置にいることに目を見張る。と――ふわりと風を感じた。咄嗟に顔を本棚に向けると、鳴き声がした。それがカラスだと分かっても、何故こんなところにいるのかと目をしばたいてしまう。
「ここでは“夜の地球”が日本を軸に廻っておりますから、どんな本もすぐに日本語でお読み頂けます。でも、他の国の方が目にすれば、その方の母国語になりますよ。足を踏み外さないようお気をつけくださいね」
ヴェーラの言葉に、藍斗の眉がグイッと歪む。何から質問しようかを整理しようにも、足音は小さくなり、やがてヴェーラの気配が失くなった。




