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“魔女なんじゃないか?”
それが純粋な問いかけであると受け取れるくらい寛容になれたのは、様々な国の表現に出会えたお陰だった。同じ命あるものの一員に過ぎないが、少々特別であるがゆえに困難がまとわりつく暮らしをしてきた。そんな中、肩身が狭く周りの目を避けるしかなかった時、心地よい気持ちにさせてくれたのは、いつだって“本”だった。
はっと、館長は目をまたたいた。手元の作業をそっちのけに、考え事をしてしまっていた。抜け落ちたカラスの羽が入った、僅かにサビた缶ケース。その横に積んでいるのは、細い金縁の模様があしらわれた、日に焼けた古い紙束。早いもので、もうこの準備をする時がやって来た。
一度立ち上がり、外にヴェーラの気配がすると、ゆるゆると玄関に向かう。扉を開けたそこには、緑色の光が時に線を描きながら宙を泳ぎ、ひゅるひゅると舞っていた。
「Eldflugaですよ、ヘッド! 緑色の雪だわ!」
「蛍だよ」
他国に比べ、日本ではそれが何十もの種類が存在している。ヴェーラだけでなく館長にとっても稀な光景で、胸のザワつきがすううっと引いていく。
「いつでもいいから、今年のチラシを作るのを手伝ってくれるかい?」
館長はヴェーラに声をかけると、玄関灯の黒い球を見上げた。金色の光が線を描きながら奥に沈んでいく。その動きは時折トラ柄になり、一か所に集まってまとまると大陸のような模様を浮かべた。そしてまた、風に吹かれたように掻き消されていく。
館長は指を鳴らした。トンッ――と、その場の光が落ちたかと思うと、辺りの蛍達がより夏の夜を飾り、静かな祭りを広げていく。
「分かりました。この後すぐはじめますね。今年はどのくらいの“迷い人さん”がおいで下さるか、楽しみです」
ヴェーラは、手のひらからふるるっと舞い上がる蛍を見届けた。するとその時、遠くの空に浮かぶ星が一つ光ったかと思うと、カラスがやって来た。
「まぁ、今度はどんな方かしら」
カラスはヴェーラのそばを擦り抜け、玄関に佇む館長の腕に止まると、新しいニュースレターを渡した。一振りで広げられた文字の列を、館長はじっと追いかけていく。
「……こりゃあ軸が要るかもしれないね」
“表現者”の強みを灯す――それが自分の強みなのだと気づかせてくれたのもまた、“本”だった。
書くことで叶えたいものがある人達を集めるようになったのは、この身を支えてくれるものを授けてくれた彼らに、少しでも恩を返したいと思うようになったからだ。そのように優しくなれたのは、ヴェーラとカラスのポストマンのお陰でもある。自分が風変わりではないということを、二人はこの先もずっと知っていてくれるだろう――
「ヘッド、どうされました? 夏バテですか?」
「いいや、単なる心の整理と換気だよ。一年の終わりが近いからね」
なるほどと、ヴェーラは一つ手を叩いては、頭上の黒い球を指差した。
「人々の本音の光だけでもキレイですが、このままでは“表現者さん”や“迷い人さん”が迷われてしまいます。灯を点けて下さいな」
蛍との戯れに満足したと、ヴェーラの頬がピンク色になって物語っている。その無邪気な表情に館長は微笑むと、また指を鳴らした。トンッ――と、石畳の先まで淡い光が射しこんでいく。
それを確かめ終えると、ヴェーラはふわふわと館内に戻っていく。
館長はその背中をチラと見て、手元のニュースレターに目を戻すと、何となく石畳の先の薄闇を見た。そして、しゅるしゅると、蛍達の舞がうんと向こうを目指して小さく小さく消えてしまう頃、館へ戻った。




