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暗がりへ押し込まれたかと思いきや、紫穂は隣でぼんやりと光るものに気を取られた。
「地球……?」
玄関灯に似た黒い球体には、金色の光が大陸のような模様を描いていた。
「よくお分かりで。それは“夜の地球”でして、入館の際は触れて頂く決まりです。だけどもう既に私達の言葉は共通ですので、その必要はないのですが。あ、触れたければ遠慮なくどうぞ!」
「言葉は共通って、どういう……あっ」
紫穂は口を覆った。よく見ると、その人は欧米系の顔をしていた。白いニット帽に白いニットのワンピース姿が、ほっこりとした人柄を思わせる。金髪の長いおさげにキラリと光る髪留めは、透けたミルク色をした小さな石が連なっていた。
「当館は今年は日本を拠点にしていますから、訪れるお客様は日本の方が多いです。なのでここの言語も予め日本語に設定しております。日本語でちゃんとご案内ができればいいのですが、私はまだまだ勉強中でして」
「え? とても上手に話せてますよ!?」
驚く紫穂にしかし、その人は首を振って“夜の地球”を指差した。
「いいえ、話せているのはこの力のお陰です。私はただ、スウェーデンの家からここのガイドをしに毎日通っているだけなんですよ」
「スウェーデン!? え、毎日!?」
北欧の美しい雪景色を思い浮かべるよりも先に、その人のとんでもない発言に目を見開いてしまう。
「お履物はこちらをどうぞ。それから、奥のカウンターに飲み物をご準備しますので、いつでもお好きな時におかけ下さい」
手を差し出された先を、紫穂はふらりと振り見た。薄暗い館内に、また別の一間がぼんやりと照らされている。中央であるそこには、弧を描いたシックなカウンターが佇んでいた。
「スウェーデンの伝統木工技術が加わったアームチェアは、身体の曲線にきっとフィットしますよ」
紫穂はまだまだ頭の中が散らかったまま、ひとまず床に差し出されたボアの上履きに足を入れる。柔らかいシューズはほどよい引き締めをくれ、歩きやすい。スリッパでないものを用意されるのは珍しいと感じているところ、次に目に飛び込んだものに気が変わってしまった。
「これは……どうなって……」
一帯はドーム型になっており、壁一面がカーブを描いた本棚になっていた。天井まで埋め尽くし、こちらを見下ろしている。そのそばには、太いロウソクが四本立つだけの、シャンデリアと呼ぶには寂しげな灯があった。水色、紫、透け感のある白、紺色の光が柔らかに揺れている。
そこから下りる光の柱を辿ると、カウンターには案内をしてくれた人が立っていた。淡い水色に灯る小さなインテリアが見える。アームチェアの向い側には、茶色のレザーに覆われたレトロ風のソファチェアがあった。
紫穂は辺りをぐるぐると見回しながらカウンターにやって来ると、またしても声を漏らした。
「ミルクティー!?」
「はい。飲みかけのようでしたので」
「何で知ってるの!? 見てた!?」
「ええ。紫穂さんが本を抜かれました、その隙間から」
「名前まで!?」
ガイドは口を押えると、慌てて言い足した。
「ごめんなさい、訳あってどうしても分かってしまうものですから。それと自己紹介がまだでしたね。私は“本棚の向こう側”のガイドを務めます、ヴェーラです」
紫穂は、少しの混乱と夢のような出来事に声を失い、アームチェアの背を握るのがやっとだ。
「ああ、いいのですよ。好きにご覧になってください」
ヴェーラは曲線を描く本棚を指すと、紫穂を導いた。
本棚に近づくにつれ、紫穂は、どこにでもある普通の本棚と向き合うような自然な感覚を取り戻していった。
「高い所の本を取る際は、こちらの梯子をお使い下さい」
ヴェーラはにこやかに梯子に触れると、あっさりとその場を離れていく。
紫穂は瞬きを忘れっぱなしの目を一度つむった。何もかもが唐突で、質問する余裕もない。ヴェーラに聞けば手っ取り早いが、まずはこの目で見て体験してみたくなり、足元から頭頂部にまで詰まる本を仰ぎ見る。そして、テレビなどでしか見たことがない木製の梯子がかかった本棚に胸が躍りだすと、一段、二段と上がり、十段を超えたところで足を止めた。




