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「ひたむきな努力をサポートしてくれます。どうですか、久しぶりに少し、初心に帰ってみるのも」
館長の言葉に碧生が肘掛けを握り締めていると、ヴェーラがそっと本を差し出した。
「こちら、とてもわくわくして面白いです」
遠目に見ていた処女作がいよいよ間近に寄せられた途端、碧生は目に微かな痺れを感じた。
「なわけないだろ。れは表面上のもんを連ねただけだし、相手に読ませるための期待をキャラに乗せられてない……」
そこらの本と同じようなものとして見られてしまってはアウトだ。見破られてしまうような仕掛けではアウトだ。いつしか見返すのも怖くなったその本がトリガーになり、読者の方こそ本当は評価が厳しいのではないかとすら思わされたりもして――
「でも私、これを書いていた時の碧生さんは、すごく楽しかったんじゃないかと思うんです」
その声に、疲れ目の重さがパンと弾かれたようだった。
「嬉しいや楽しい、悲しい、寂しい、腹が立つといった真っ直ぐな表現もまた、ちゃんと読みやすくて想像がしやすいですよ」
形容詞を使わず描け――そのヒントもあったから、当時よりも文字でシーンを描ける自分になれた。なのにそれ以前に立ち返るなど、できない。
「この物語は、私が母国で普段からサポートしてる子ども達や、ご老人の方々にも読ませてあげたいです。とても配慮を感じますから」
気がつくと碧生は、その本を手にしていた。よくよく考えてみると、本としての形を得たそれを見る日が来るなど、想像もしていなかった。
この歴史的な冒険ファンタジーは、今海外で夢を掴もうと懸命になっている幼馴染のパートナーと書いたものだった。二人のアイディアを合わせ、共に強い自信を抱いた作品であり、その結果は“もうひといき賞”を取れた。そして届いた選評に子どもながら悔やみ、二人で引きずったことがある。
“やっぱり、あそこのシーンはもたもたしてたみたいね。思い切って別の案にすりゃよかったのかも……”
“ほら言ったじゃねぇか、ここのトコ。Cの呪いを解くのにAがキスするより、俺はBがいいって言ったろ? 状況的に合うって、向こうも言ってんじゃん”
また総じて、ストレートな表現が多く分かりやすくはあれど、小説としてのひねりは無いという指摘だった。
それでも、ヴェーラの言葉に救われたような気がした。その言葉をむしろ、パートナーに聞かせたいと思ってしまった。
“どんな人にも読んでもらうには、難しく書かないように工夫したいよね”
碧生の背伸びしようとする表現と、パートナーが変換した表現と、互いの真っ直ぐさが合わさった一冊。二人の最初のプロ作家への冒険は、パートナーこそ道を外れる選択をしたけれど、碧生は諦められなかった。否、諦めたくなくて仕方がないのだ。
「貴方の“なぜ書くのか”が本当は何処にあるのかは、もう分析するまでもないのでしょう」
館長の静かな声にかざすように、碧生はブックマーカーの石の光をじっと見つめた。久しぶりに、奇跡と表現してもいいくらいようやっと見られた光に、この上なく見惚れてしまう。
「既にできていらっしゃることは充分にあります。貴方が判断するものは、売れるかどうかや、誰かの欲を満たせるかどうか以外のところにあります」
喉が辛うじて鳴った。遠くなってしまったあの声が、また囁いてくる。
「埋もれてしまった貴方の一途さに、人は振り向いてくれていた。その経験もまた、充分に揃っている」
そして誰の声もしなくなると、グラスの氷が音を立てた。碧生は、そばで灯る青い光がグラスを通して広がるところを眺める。その隣に、なんとなくブックマーカーを立ててみた。涼し気な空間で可愛らしく揺れるスカイブルートパーズに、口元を隠す手の下で頬を緩めてしまう。
「見つかってよかったですね」
ヴェーラの言葉にもまた、何も言えなくなってしまう。様々な感情を行き来しすぎて、もはや腹立たしかった。見透かされているのがたまらなく嫌で、何か言いたくて絞り出るのは、どうしても相変わらずな自分だった。
「俺がここに来なかったらどうするつもりだったんです? だって、俺が棚裏をのぞかないシチュエーションだって、あり得たわけでしょ?」




