7
「俺の場合、キャラ設定のための取材で一週間以上かけるのなんかザラですね。要領が悪いように思われるかもですが。けどね、書く人間の裏側には別の職業が存在してて、俺にとってそれは記者でありカメラマン。取材力と解像度もまた問われるんですよ、小説の世界って」
耳をそばだてていた館長は、背もたれに預けたままの首をふらりと曲げ、だらだらとスプーンでマグカップの中に渦を作る。
「様々な刺激を与えたい、娯楽タイムを盛り上げてあげたい。その熱意の裏には結局ビジネスが存在する。じゃあどんな人間と仕事をしたいのか、そういうところもまた見られるんですよ……」
碧生は足を組むと、コーヒーにクールダウンを求めてしまう。ところで一体、何故こんなにも愚痴を吐くように喋ってしまうのだろうか。そんな想いが薄っすらと胸に漂い、靄になりはじめる。
館長は碧生が組んだ足先の揺れから、その、鋭くなってしまっている眼差しに流し目を向けた。この場の効果を半分ほどしか受けられていない様子から、そうとうな気の縺れに合っているような気がした。
ピリピリとした感情を掻き立てるばかりの碧生の視線は、そのままカウンターの後ろで本棚を整理するヴェーラに向いていく。すると、ヴェーラが手にする一冊の背表紙が見えた途端、忙しない足先が止まった。太字で書かれたタイトルから、自分の処女作だとすぐに分った。ヴェーラはそれを優しく開くと、そのまま仕事の手を止めて読みふける。その肩に止まるカラスもまた、ページを読むように前のめりになっていく。
「冴えているのですね、とても。その分析力は職場にも買われているようで」
館長のゆるやかな声に、碧生の意識が戻されていく。碧生は静かにグラスを置くと、鼻で一息つき、首をすくめた。
「さぁ。まぁ、そうなんじゃないスか」
そんな返事になるのも自覚はある。三十にして主任歴がそこそこある。そんな自分の仕事ぶりは確かに好かれているのだろうが、この性格を遠ざけられるのはずっと同じだ。
館長のふとした笑いに、碧生はどこかを突かれたようで、目だけで身構える。そこへ、館長の左手が肘掛けからふわりと外に開いた。が、空気がしんとしたままで、碧生は思わず吹き出してしまう。
「何かあるんスか?」
館長はしかし、たじろぐことなくギイイッと椅子ごと背後に向いた。そして、ヴェーラの肩から鋭い眼差しを向けるだけのカラスにどうしようもなくなり、溜め息を吐く。
「ああ、カラスを呼んでる? 来た時から思ってましたけど、やんちゃそうですね?」
館長の視線が碧生の声にチラと逸れた、次の瞬間――カラスのギリリとした一声がヴェーラの驚く声を掻き消すと同時に、羽を散らして飛び立った。乱雑に羽ばたき、一瞬にして天井に舞い上がると、照明を周って光の円を描いていく。
「なっ!?」
ヒュインと音の振動が骨を震わせたかと思うと、澄んだ水色の魔方陣が爽やかに吹かれて現れ、碧生の視界を覆った。その束の間、館長の差し出されたままの腕にカラスが飛びついて戻って来た。
事態に碧生は目を見張るも、妙に淀んでいた感情は、そのくちばしに挟まったものに次第にほぐされていく。
「……ほう? 珍しいじゃないか。あんたがそうして差し上げたいとは」
まばたきするのがやっとの碧生に、館長はゆるりと腕を差し出した。
カラスはカウンターに降り立つと、碧生のグラスの横に凛々しい背筋をしたまま、モノをカランッと置いた。そして、またヴェーラの肩に戻ってしまう。
細く緩やかなS字カーブを描くゴールドの光が、先端の水色の石へ輝きを導いた。見ていて爽やかな色を放つブックマーカーに、碧生はドクドク胸を揺さぶられ、小さく震えあがってしまう。
「一途なスカイブルートパーズ」
「はっ……!?」
“碧生みたいなパワーストーン見つけた。キーホルダーだし、これなら目立たないでしょ?”
ふと、遠くなってしまった声がこだました。




