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館長は落ち着いたまばたきを見せた。しかし横ではカラスが雑に羽をバタつかせ、声を荒げて空気を乱してばかりいる。
「ところで、今回はお得意のホラーで勝負をされないようですね。応募先の都合か何かですか?」
その問いかけにそっと添えるように、ヴェーラは館長に耐熱マグカップを差し出した。
碧生は質問に答えるよりも先に、そこにたゆたう真っ青で歪な飲み物に目を丸くする。
「こちらはハーブティーの一種でして、バタフライピーという青い花を抽出したものです。日本では蝶豆と言うようで、ほんの僅かに豆の味を感じられますが、ほとんど無味無臭です。その代わり、色を楽しむお茶なんですよ。レモンやライムで酸味を加えると」
言いながらヴェーラは、小さくカットしたレモンを絞った。真っ青な中に、レモン汁が煙のように揺らめきを見せると、やんわりと紫色が広がっていく。
「こりゃいいね。“化ける”ような楽しみ方はハロウィンにピッタリだよ。ポストマン、この“BAR”から取り入れたらどうだい?」
館長が止まり木を振り見ても、カラスは首をぶんぶん横に振り、羽を散らすだけだった。その態度に碧生は苦笑すると、カラスは甲高い声を上げ、羽を大きく広げて見せる。
「ヘッド、私が一緒におります。なんだか今日は落ち着かないようなので」
カラスに寄り添うヴェーラに館長はうなずき返すと、紫に化けたバタフライピーティーを啜った。
急に飛び込んだドリンクのマジックショーの最中、碧生は、二人のやり取りに紛れていた“ハロウィン”という言葉に引かれるように、質問をさかのぼる。
「ホラーは考えてましたが、グロテスクな描写が多くて。読者曰く、そっち系が好きな人にしかヒットしないんじゃないかと」
けれども、そこまで刺激的じゃない作品においても特別賞を得たり、最終選考まで行ったことはあった。だが、ここで路線を変えてみたくなった。
「ホラーで勝負しない理由は、それに大きく偏るよりかは、少しホラーを感じる別ジャンルでやりたいと思ったからです。あと、その作品で自分の表現力を改めて試したいのもある……」
手すりに爪を立て、その音で過去を揺すり出していく。
「どうすれば状況が伝わるかについてをかなり研究しましたよ。でもどうやら、いき過ぎたみたいで。言葉の足し過ぎで、逆に伝わらない書き方になってる。そういう指摘を受けたから、前回勝負した作品で使った語彙力に合いそうな別の作品を探して、リトライ中です」
同じジャンルを繰り返し執筆するうちに、他のジャンルも手掛けたくなった。それは、単純にそういう気分になったからというわけではない。色々なストーリーが書ける腕は、ある意味どんな食材も調理ができる料理人のように思う。また、役者で言うところのスパースウィングのような立ち位置とも言えそうな気がした。
「どれか一つ担当を上げろと言われたら、俺はホラーです。でもそれしか書けないとか、それしか知らないとかは、ちょっとね。だって小説家もエンターテイナーみたいなもんでしょ? じゃあ何だって見せたいし、そうできる方が可能性も広がる。一つのラベルよりも、二つ三つのラベルがついていた方がいいかもしれない。それはつまり、相手も仕事がしやすいかもしれないってことじゃないっスか」
初めはホラー作家を目指そうとしていた。というより、そのジャンルが好きで囚われていたと言うのが正しい。また、それがとても楽しかった記憶がある。だが
「楽しいとか書きたいだけじゃ勝てないんですよ、現実は。そこはめちゃくちゃ思い知らされてて、いつも……」
様々な公募のレギュレーションや受賞作を参考に、自ら字数制限を設け、ふた月に八万文字から十万字を書くようにしてきた。定期的に書ける人だと認められやすくなるようにだった。
ストーリーを構築していくための取材では、歴史を振り返り、史実を見て立体感を出すヒントを拾うようにする。未来を舞台にするにしても、その裏側――過去がどうであったかは、例え内容に落とし込むつもりでない情報であっても予備知識として持っておく。それは人物設定にも欠かせないと見ていた。




