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夏の日照りは恐ろしいもので、特に昼時が厄介だ。サウナの中を過ごすようで、寒いところに慣れているヴェーラは、あまり外に出る気になれない。
パワーストーンの光に頼る館内はいつも薄暗く、暑さに困ることはそこまでない。だが今年は日本を拠点にしているため、年々すごみを増す夏の影響を少しばかり受けていた。
「サーキュレーターにいつも満足してるのね、ポストマンは」
ヴェーラが通勤扉から入館するなり笑った。今年もカウンターに置いている空気循環アイテムに、カラスが心地よく羽を伸ばして涼んでいる。そこに、スウェーデンの朝の冷たい風がスルリと絡みつくと、カラスはそれを取り込もうと羽をゆったりと持ち上げた。
「私はそれが無くても快適だけどね。やっと歳を取った気になってきたよ」
館長の和柄をしたアイスグレーの長袖ワンピースが靡く。
ヴェーラは玄関に立つ館長に首をかしげた。何をしているのかと、カウンターに忘れたままになっていたカンカン帽を乗せ、そちらに向かう。髪留めと同じムーンストーンが、アクアマリン色のリボンに散らばっている。海の中を揺れる気泡のようで、同色の袖無しワンピースに馴染んでいた。
館長は玄関に据え置きしている“夜の地球”に手をかざし、くるくると廻している。
「次の拠点を決めるにはまだ早いんじゃないかしら、ヘッド? 夏になったばかりよ」
「決めはしないよ。ただ、考えておく必要はある。でないと流れで日本に入り浸ってしまうからね」
同じ国に居続けることが悪いというわけではない。日本に続けて世話になったことも何度かあった。しかし、様々な国を訪れることによって養われるものがある。異なる文化に触れることは、“本棚の向こう側”にとってもいい刺激だった。
「時間が経つのは速いわね。あっという間にハロウィンがくる」
「その時期は、いつも通り一週間の休暇でよかったかい?」
「ええ、助かります」
「当然だよ。それがあんたの国の文化なんだし、家族が集まるんだから、いいフィーカを」
「まぁ嬉しい! ヘッドから“お茶の時間”と言ってもらえるなんて」
十月三十一日から十一月六日のうちの土曜日が、諸聖人の日とされている。その日、ヴェーラの国では家族で集まり、大切な故人を偲ぶのだ。その人の思い出を語り合ったり、供え物にテディベアや花、他にもその人が好きだった物を贈る。自分らしいやり方で故人を心に留める日は少々しんみりとしているが、一方で、ハロウィンイベントで賑わう時間もちゃんとある。
「ここでのお役目が無くても、その一週間は大忙し。施設では、子ども達とご老人方のサポートで時間があっという間に過ぎちゃいます。今となっては、諸聖人の日は心穏やかに過ごせて、好きなひと時になりました。昔の自分とは大違い」
毛先の髪留めをいじりながら、ヴェーラはその光の中に思い出を眺めた。
「毎年“BAR”にキノコ姿をしたあんたが飛び込んできたのが懐かしいよ。もうリトルダケでなく、立派なマッシュルームだ」
ヴェーラはケタケタと笑うと、“夜の地球”が佇む台に手を添えてしゃがんだ。
「今年の三夜は、クロウとどんな話ができるか楽しみだわ」
その声に誘われるように、カラスが“夜の地球”の上に降り立った。廻り続けていたそれがゆっくりと止まった時、ヴェーラはぱっと表情を変えると、ある部分に人差し指を突きつけた。
「スウェーデンに入り口を開いて下さいな。あの日、私と出会って以来でしょう?」
「そうだねぇ。まぁ考えておくよ」
館長がそっと離れると同時に、じんわりと、その瞳の奥に微かにうごめく金色の光が沈んでいった。




