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緋向はグラスを傾ける手を止めた。向けられる眼差しがやけに鋭く、目を逸らしてしまう。しばし間を稼ごうと、レモネードを一気に流し込んだ。そこへ、待っていたと言わんばかりにヴェーラがおかわりを注いできた。
「ああ、もうそんくらいでいいです。ありがとうございます」
「はい。ごゆっくりお話し下さい」
半分まで入ったレモネードを置くと、緋向はふうっと力を抜き、改めて館長と向き合った。
「“なぜ書くか”とかは聞かれたことないから、言うたこともないですね。まず恥ずかしさしかないし、いい歳なんで。まぁでも、ここって多分そういう所でしょうし、言うてみるなら……娯楽を提供したい、ですかね。私生活でのつまらん気持ちが晴れるみたいな……うわーヤバっ!」
すぐさまグラスを掴んでしまう。やはりたっぷり注いでもらえばよかったと後悔すると、すぐそこにヴェーラがピッチャーを持って立っており、咽てしまった。
「なるほど。日々の様子から実に納得できる目的であり、貴方のお人柄がこもっている」
「いや止めて下さいよ、ムズムズするんで。あと、あんまそんな見んといて下さい……」
館長にはもっと色々なことが見えている。緋向はそれを強く嗅ぎつけると、足の間で両手を強く握りしめた。
そんな緋向に館長は薄ら笑みを浮かべると、ギイイッと椅子を鳴らす。少しだけ身体ごと向きを変え、片耳で向き合う姿勢をとった。
その穏やかな対応に、緋向は妙な空気を生んでしまったような気がして両膝に拳を握る。そして、僅かに射しかかる水色の光を見つめては、まるで何かの糸の端を掴んだように、口がおもむろに開いた。
「まぁ、僕の日常は多分筒抜けみたいなんで、ハショって喋りますけど。仕事では不満しかない。いいチームワークじゃないし、助け合いとか励まし合いとかなかなか無い。空気が悪なってまう時とかに思うんですよ、もっとお互いに発散できるようになれたらええなって。でも僕って上の立場で、下は最年少やと、我が子に見られても変じゃない歳やし。その次に大学生とか。話しすんのにも色々気ぃつかってまうんですよ。僕がホンマはこうしていこうって言うたって、何かシラけそうで……」
欲を言えば、夢を口にできればいい。それで滑ろうが盛り上がろうが、仲間が楽しんでくれるなら嬉しい。しかし、現実はどうしても違った。
「やからその……職場でやれるんが理想やけど、ちょっとアレやから……昔から好きな執筆をして、別のところで別の角度から、人を楽しませたり笑かしたりできたらええなと。しんどい社会の中でも、笑えることがあったら、また次に行こうって思える。そのために例えば、僕やったら、ファンタジーであっても学園恋愛モンとか、ミステリー感を出して親しみやすくしたりとか。何が流行ってるんかも分析して書く」
館長は合間で相槌をうち、いつまでも毛づくろいを止めないカラスを見ながら手先を弄る。
「ただ恥ずかしながら、完結さしたことがない。人気の小説とか、そっからアニメになった作品には結構なキャラ数がおって、僕もできるだけ揃えるんですよ。けど気ぃついたら、AとEがめっちゃ似てもうてるとか、CとDが喋り方一緒になってる時があって」
気づいたらすぐに直す。ただそれが頻発しては進みが悪いので、先に一通り設定を考えはする。それでもやはり頭の中でごちゃまぜになってしまうのだと、思い出すにつれて眉間が寄っていく。




