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「俺のこと何でそんな知ってるんですか……?」
「この目ですからね。しかし猫ではないですよ。もしそうなら、カラスとは上手くやれる自信がありません」
緋向は凍てついた。その人がカウンターに回り込むところを目で追うと、止まり木が見えた。そこではカラスがキッと目を尖らせている。
「改めまして、ようこそ“本棚の向こう側”へ。当館の館長です。おかけ下さい」
館長がそっと前に手を差し出すと同時に、ヴェーラがグラスを持ってやって来た。
「申し訳ございません。休館日以外はアルコールを扱っておりませんの。なので、強炭酸レモネードをどうぞ」
その発言にまたしても、緋向は脳内にミシミシとひしめく疑問を口にせずにはいられなくなる。
「え、どういう意味? 休館日やったら飲みに来れるってこと? でも休館なんやったら、そもそも入られへんのんちゃうん?」
緋向はちょこちょことカウンターへやって来ると、アームチェアを引いた。
「年に三日間だけ、当館は内装が変わるのですよ」
ヴェーラは言い添えるとくるりと背を向け、さっさか立ち去ってしまう。
情報が整理できずに置いてけぼりになる緋向は、そこにしずしずと腰掛ける。館長は魔女で間違いなく、その瞳で人の心を読んでいるのだろう。そう意味づけながらも、キンキンに冷えたレモネードを半分まで流し込んでしまった。全身に行き渡る爽快感が吐息になる。
「お疲れのご様子ですね」
「まぁ、今は特に蒸し暑いですしね」
緋向は目が泳いでしまう。初対面の人とのサシ飲みを強制的に設定され、背骨が異様に伸びている気分だ。
「あの……ここがその、そういう所っていうのは分かったんですけど、どんな感じの場所なんですか? ほら、多分ここにある本って全部書籍化前のやつですよね? 俺……僕のフォロワーさんの作品もめちゃあるし、実際その連載も読ましてもらってるんですが、それも並んでて……どういう意図があるんですか?」
二度も紹介されたのだから、本棚の向こう側に異世界があることは分かった。ここからは、この世界を信じていなかった自分や、他の人のためにも、存在理由なり特徴なりを知っておきたくなった。
するとカラスが、何やら首をくねくねさせている。ただただ視界にインパクトがありすぎて気を取られてならない。だのに館長は、ゆうゆうと話しはじめた。
「ここでは“表現者”の想いを眺めることができます。形をもって棚に並ぶご自身の作品や、或いは共に並ぶ他の著者に対する見方などを。私には、どこまでも磨き甲斐のある努力の結晶に見えます。貴方はいかがですか?」
なるほどと、緋向はゆっくりと辺りを眺める。
書籍そのものは理想的な見た目ではないが、夢が叶ってからのことは想像しやすい。店舗だけでなく、こんな風に図書館に並ぶこともあり得るのだ。そして、同じように執筆をする存在――フォロワー達のことが過ると、口を開いた。
「仲間ですかねぇ。ライバルって表現も正しいと思いますよ、一緒にコンテストに応募しますし。でも僕は、仲間でありたいですね。それが穏やかというか。切磋琢磨し合えるのが好きやったりするんで」
緋向はこの時、あまりにつらつらと話している自分に戸惑ってしまう。変な術をかけられているのだろうかと、水色の石を横目に見た。
「それもまたいいお考えですね。ところで、そんな貴方は“なぜ書くのですか?”」




