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中に入るなりまた声が出そうになるも、どうにか呑み込んだ。あまりに騒々しい自分を振り返ると、恥ずかしさが込み上げ、鍔に手をかけてしまう。
天井や目の前のカウンターに点々と怪しげな光が灯されている他にも、気になることで溢れていく。何をどこから突っ込めばよいのやらと、足は自ずと前に出た。
「高所恐怖症には絶対無理な梯子……逆さやのに落ちへん本……ていうか冊子みたいな本やな……ホッチキスと紐なんや……ん?」
ふと、幕がかかった棚に目が留まった。縦一列にどこまでも長く続く、ゴールドで花柄の刺繍がなされた生地。高級感と大人しさを醸し出している。他の本にはかかっていないそれが一体何なのかと、緋向はそろそろと近づいてみた。
触れてみると厚みのあるレース生地で、端をチラと捲ると――
「なっ!」
指先から顔まで熱が迸る。こんなに多くの本がありながら、何故わざわざそのジャンルに寄っていったのか。心臓が胸を突き破りそうになるところ、ヴェーラが近づいて来る。緋向はどう立て直してよいか分からず、背筋を強引に締め上げる。
「緋向さんはレモンはお好きですか?」
「えっ!? ああはい、いけます、いけますよ!?」
ヴェーラは緋向の様子に目をしばたくと、何食わぬ顔でその棚を見た。
「あ、いやいや、ちゃいますちゃいます! 大丈夫です、すいません」
そんな緋向にヴェーラは変わらず笑いかけると、少し乱れた幕をサッサッと整えた。
「世間には様々な作家さんがおられますので、エロティシズムな文学ももちろん揃えてありますよ」
「あ、いいよ。ごめんね、いらんこと言わして……」
「いいえ。これも私の大切な役目ですので。性というのは、命を扱うことに等しいとされています。だから、大きく明るみに出すのではなく、このように大切に守られているのですよ。簡単に触れられるようにしてしまっては、誤解も生まれやすくなり、言い出せない悩みも増えてしまいますから。だから適切な距離を取るのですね」
「はあ……!」
緋向は焦りが吹き飛んでしまった。通常の扱われ方とはいえ、その目的に更に少し輪郭をつけられたような気がし、その幕の向き合い方がガラリと変わっていく。
ところが、ヴェーラはもういなくなっていた。ぽつんと残された緋向は口を尖らせると、そろそろと横の棚へ移った。
「……あれ、これってフォロワーさんのやつちゃうん?」
目の高さにある本を二冊、三冊と抜いたその時、隙間からもれ出る光にゾッと後ずさる。だが、その光の中に何か動きが見えたかと思うと、遠目にのぞいてみた。じわじわと浮かび上がったのは、他人の様子だった。
一人はデスクの両脇に大量の本を積んでおり、読みふけっている。また一人は、カラフルな付箋を使って何かを書き分けながらノートに貼っている。そしてもう一人は、パソコンの横にまた別のモニターを置き、そこにまとめられた内容を見ながらキーボードを叩いていた。デスクにある小さな本棚には、あらゆる“書き方の本”が並んでいる。
「かー……ごっついな……」
緋向はそれ以上何も言えないまま、自然と手にしていた本を戻していく。そこへふと、隣にズラッと並ぶタイトルに気づいた。
「うわ、俺のやん! 何で!?」
咄嗟にそれを抜いたかたわら、ヴェーラの言葉を思い出した。
「まぁ読書なんかしばらくしてへんし、設計図的なもんも作ったことないけど、別にそれはそれで自由というかー……」
緋向はキャップ帽を脱ぐと、じめじめした頭を扇いだ。そこへ
「仰る通りですよ。でも書籍化が夢だそうで、緋向さん」
「うをっ!? っくりした……お邪魔してます……」
緋向は急に現れた貫禄のある人に会釈する。天井の照明からやや外れ、その人の姿は少し影にかかっていた。けれども目が大きいのか、言っては何だが猫の眼のように光っている。




