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緋向にとって、通勤電車の中で小説を投稿するのは一日の楽しみだった。しかしほとんどの場合、その時間帯で楽しみが終わるので物足りなくなる時はある。仕方がなかった。人手不足の中で働いているため、仕事の時間が圧倒的に長くなってしまう。
今日も長いこと使っている小説投稿サイトのマイページに移り、アクセス数を確認してみた。今朝からのPV――ページビューは、終始安定している。どの時間枠にも訪問者がいる状態だ。ところがブクマ――ブックマークは、前回の作品に比べて少ない。毎日欠かさず投稿しており、新作を打ち出したならば、まずは知名度を集めるべく、少々無理をしてでも同日に何話も投稿するようにしている。それもあってか、今回の作品も多くの読者に見てもらえているようだ。と、頭でこれまでを振り返りながら自宅の最寄り駅を降りた。
人混みの蒸し暑さが梅雨の迫りを知らせてくる。リュックサックを浮かせて背中に隙間をあけ、こもった熱を外へ逃がした。ついこの間まで花見シーズンだったのに、信じられない季節変動だ。今からこうも暑いのだから、勤務先の厨房が地獄に感じるのも無理はない。
いつもの横断歩道で止まると、額に滲む汗を拭い、信号待ちをする周囲に続いてスマートフォンを出した。最新話を投稿した通知をSNSに上げ、そのままいつも通り執筆仲間の作品宣伝を拡散し、流れてくる情報を拾っていく。すると、いつか見かけた噂がまた紛れていた。
「先日本棚に顔を突っ込んだところ鼻を打ち大惨事で草!」
「アホすぎる笑」
「本棚の裏側に行ける話が何となく気になって」
「それは物語でのこと! それにいくらやってみるにしても、そっと顔を入れるべき!」
緋向は思わず鼻で吹き出し、透かさずキャップ帽の鍔を下げた。四十を過ぎた大人が道でニヤけていてはマズイ、と思ってしまう。
ところでその話題はイマイチ響かずスルーしてきたものだったが、執筆仲間が見ている内容なのだろう。つまり完璧に避けることは難しい。
全く関心が無いというわけではないが、あまりにも胡散臭く、何なら若干の恐怖さえ感じる。創作に行き詰まった人が次へ進めるようになるという点はポジティブだと思う。ただ、それがかなりファンタジーかつミステリアスな雰囲気で広まっているところに違和感しかなかった。
「それが新しい集客方法なんか……?」
思わず声がこぼれ、慌てて口を押える。そしてやっと信号が変わると、我先にと走り出た。
家までの道に入ると、大抵は何を食べようかで自動的に頭が回る。ところが今日は、もわもわとこれまでのことが立ち込めていた。
作品はファンタジーをベースにし、そこに学園系や異世界系、謎解き系にお笑い系を組み合わせてきた。敢えて長めにするタイトルも、誰が何をどうするかがおおよそ掴めるように工夫してつけるというコツを掴んで以降、思いのほか読者を得られている。ただ一つ気になるのは
「ええ加減、今の作品くらい完結させなな……」
エタる――たくさん打ち出しておきながら、どの話も終わりを迎えていない状況に陥るのだ。
「どう着地させるか、頭では考えてんねんけど……」
基本的にストーリーが浮かんだそばから書き出している。その方が手っ取り早く、閃いたことも忘れるリスクが低い。それに生活リズムを見ても、ここ一番という時間帯が限られている。そこに集中して直接連載をしていく方が、その日の達成感も得られてホッとする。
その時、ドドドッ――と、目の前に本がなだれ込み、思わず声を上げた。道の半分を一気に遮られる光景に唖然としていると、この辺で唯一の古本屋のオーナーが、倒れてしまった滑車付きの本棚を起こそうと四苦八苦していた。
「いや、何でやねん……まぁえっか……大丈夫ですか?」
緋向は駆け寄ると、道に散らばった本をオーナーと一緒に集めていく。車輪があまりに言うことをきかないので思い切り蹴ったのだと、オーナーは恥ずかしそうに頭を下げた。それに応じながら緋向は、意外にも重い本棚を起こしていく。それだけでも息切れする自分に、どこか情けなくなった。
そのまま本を並べつつ、目についた汚れはサッサと払っておく。そうして次々と棚に納めていると、一冊が棚のどこかに引っかかり、しっかり納まってくれない。
「何やこれ」
何度か押し込もうとするも、まだつっかえて入らない。一体何が邪魔しているのかと、その隙間をのぞき込んだ。




