ー*ー
茜がかる空に葉桜が揺れていても、地面はまだ桜色を残していた。ヴェーラはほうきでひと掃きし、ふぁっと舞う花びらの中で春の余韻に足を躍らせる。そこへふわり、カラスが枝に止まったところで、あることを思い出した。
「ねぇ、この前ニュースレターを続けて持ってきたでしょう? そのもう一人の方がまだみえないわ。珍しくはないけど」
日々増え続ける新しい物語を棚に納めるのに忙しいながらも、悩みを抱える“表現者”の訪れは少し緩やかになっているように感じていた。
時にぐうぜん辿り着く“迷い人”はおり、そのガイドも楽しく務めている。しかしポストマンが知らせてくる“表現者”との時間は特別で、最も胸が躍る瞬間だ。
「梅雨が近いのかしら。空気がなんだかジメジメするわね」
母国ではあまり湿気を感じず、新鮮だ。季節の花をいくつも楽しめるここは、いつなん時でもウキウキしてしまう。もうすぐ紫陽花が見られると思うと、軽やかな足取りで館内に戻った。
「ヘッド、玄関灯を点けて下さいな」
館長は奥の本棚でページを開いていたところ、ヴェーラを振り返る。もうそんな時間かと、パチンと指を鳴らした。
「Tack,tack.」
母国語での礼をリズミカルに済ませると、ヴェーラはカウンターで棟を成す本を空いた棚へ運んでいく。
館長は手にしていた本を仕舞うと、その横にまだ連なる同じ作者の作品を眺めた。
「さて、どれが先に完結するか」
その作者は、新しい話が湧けば早々に連載をはじめるのだと、以前に届いたニュースレターにあった。
「プロットを用意しない方が、かえってやりやすい人もいるんだ」
館長がくるりと棚を背にすると、肩にカラスが降り立った。首を大きく横に振り、羽を雑に震わせる。
「何だい? あまりよく思わないのかい?」
カラスは一つ鳴くと、首を横に大きく振ってみせた。
「しかしね、そのやり方で結果を得ている人もいるんだよ。この“表現者”も大したものさ。休館日にあんたが何を言い出すか、今から恐ろしいねぇ」
カラスはどこか笑うように、くちばしをカッカッと鳴らした。




