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「大きな声ならば咀嚼が要りますので、かえっていいかもしれません。小さな発言だと、そういうものだとあっさり呑み込まれ、味わわれないでしょう。無かったものにもなりやすい。それに、冷静すぎても夢や希望は遠ざかってしまうというお考えは、既にお持ちのようですね」
館長のじっとりとした視線に絡む発言に、晴は一度まばたきすると、そっと言葉を紡いでいく。
「はい。私は、初めこそ何も考えず、気持ちに任せて表現してました。ですが、それにリスクがあると今はじっくり考えるようになりました。何も考えずに書くというのもまた恐ろしいものなんだと。だから何度も見返して、書き直しばかりするんです。そんなことばかりしないで、その反省を次の作品に活かせばいいだろって、夫に何度も言われますが」
日ごとに自分の感性が変わり、やはりこの表現は間違っているのではないか、もっとよくできるのではないか、もしくは要らないのではないかと思ってしまう。取材したものを伝えそびれていると分かると、慌てて修正する。そうして直し続けて、余計に読まれる機会が遠ざかる。
「テーマやメッセージが伝わるのかも気になります。読んでもらわなければ分からないことなのに。キリがないことをしてる時間の方が長いんです……」
晴は、淡いオレンジ色をした太陽のような石を指で突いた。チロチロと揺れる艶の中に自分の影を見ていると、館長の椅子が軋んだ。
「そういえばどちらの国の方だったか、前に会った“表現者”からこんな話を聞きましたよ。作者がこめたテーマやメッセージが相手に伝わるかは重要視しない。読者が何を感じて批評するかが重要なんだ、と」
「……はい?」
それは、晴がこれまで聞いてきたプロ作家の言葉とは逆さまだった。
館長はカウンターに腕を預けると、そばのクリソコラを撫でながら微笑んだ。
「面白い話ですよ。あるところはストーリー構造、人物、読者体験、執筆技術を重視します。執筆は学べる技術だというお考えもあります。またあるところは、文学的実験や哲学性、言語そのものへの関心が強いことを重視する。人物が何を強く欲しているかが出発点であり、テーマはそこから浮上してくるものだとかね。創作とは、直感だけでなく思考や分析を伴う営みであるという見解も。だから、書き直すことこそが創作である、と……」
晴の中で、何かが音を立てて閉じられた。まるで、ずっと開いてきた解読困難な分厚い本を閉じてしまったような。“こうでなくてはならない”という閊えが、カランと落ちるのが聞こえた。
館長は、目を丸くさせてブックマーカーを握る晴に、ニヤリとする。
「創作論は、どのような傾向にあるかで分けることはできるでしょう。けれどもまず、創作は人が行うものです。つまり世界中の人達が書くのであれば、八十億通りの書き方があって自然でしょう」
「そんなこと……それもとてもストレートに……初めて聞きます……」
晴の戸惑う唇を見て、館長は頬杖をついた。そこへカラスが一つ力強い声を上げ、身震いする。
「休館日まではまだまだ先だよ、ポストマン。議題をまとめるには早すぎる」
館長の不思議な話しかけに、晴は首をかしげる。
「会議のためのお休みが、ちゃんとおありなんですね?」
晴がたずねる横で、カラスは館長からツンッとそっぽを向いてしまう。その時、軽やかなブーツの音が近づいてきた。
「休館日では、いつも話し合いをしております。ハロウィンの前日から翌月一日までの三日間です。なので、ほぼいつでもおいで頂けますよ」
再びふらっと現れたヴェーラの手には、本が山積みになっていた。これから棚に並べるのだと、さっさか手を動かしていく。
「ストレートに言ったのは、貴方の真似をしてみただけです」
館長の言葉に、晴は首筋をかいてしまう。
「誰も言わない、言おうとしないことを言う。言わないことの美しさの反対を行く。それも好奇心です」
晴はそっと宙を見上げる。一人で未知の世界へ出かけようと思い立つと、すぐに実行してきた。そういう半ば衝動的な自分に、その表現はピタリと重なる。
「一人でも立ち向かえることもまた、世の為になるでしょう」
クリソコラの光の中に、まぶたを閉ざす館長が溶け込んでいく。そこに滲む薄ら笑みに、晴はようやく肩の力が抜けると、はっと思い出した。
「ここが誰かの物語の世界じゃなく、本当にある場所だと分かって、とても嬉しいです。噂では誤解してる方もいますが、館長さんはご存知ですか?」
「ああ、賑わっているようですね。ありがたいことですよ、そうやって表現の扉が開いていくのは」
館長はどっしりともたれると、湯呑のお茶を長く啜った。
「ここのことを冗談だと言われて、残念に思ったりはしませんか……?」
少し顔を曇らせる晴を見ても、館長はゆるゆると首を振る。
「ここの体験談を書かれている方もいるようですが、私も書いてみていいでしょうか、それとも……」
「お任せしますよ」
穏やかな物言いだったが、晴はこの時、話にシャッターを下ろされたような気がし、目が泳いでしまう。と、館長は湯呑を置き、口を開いた。
「誰がどう表現しようと、本とそれが納まるところがある限り、ここは無くなりません」




