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「私は理科や社会がダメでしたが、その要素が物語の中に含まれていると、自然に身につきました。“勉強しなくちゃ”と気を追わずに学べたんです。そんな本が書けることに憧れます……って、ごめんなさい喋りすぎ!」
晴は思わず口を覆い、館長をチラと見た。
「構いませんよ。伝えたい、届けたい、だから説明に一所懸命になるということですね」
館長の落ち着いた言葉に、晴は苦笑いをカップで隠す。温かいままのコーヒーが、毛布をかけるように身体を落ち着かせてくる。するとまた、気持ちが溶け出すようにぶわぶわと拡がっていった。
「文章を作るのにずっと手こずってます。どの位置に句読点を打つか、どのくらい漢字やひらがな、カタカナを使うかとか。そのバランスや使い分けは、世界観や人物として見た時、その性格や雰囲気を出せるんじゃないかとは思うんです。でも、一つの読み物としてや、どんな人に読んでもらいたいかを考えた場合、可読能力の違いとかを考えないといけない気がしてしまう。読みやすいリズムを取るか、読みやすい見た目を取るかとか……」
今書こうとしているもののネタを頭で見つめ直しながら、それらに合う少しでも親しみやすくなるような表現方法を、しばし手元にたゆたうコーヒーに探った。
「それから、どうしても説教くさくなったり、直球にもなりやすくて。多分、情報を集めるのに読む本が、啓発本や記事も多いので、主張するような表現を持ってきてしまうのかなと思います……」
言葉選びのミスを、晴はまたくすりと笑ってごまかした。思えば、一時的な口調の強さを指摘されることは普段の生活でもあったような気がした。
「今は、自分が届けたいと思っていることや、自分が問いかけてみたいことは、なるべく人物の発言に落としこんでみるようにしてます。地の文を読み飛ばす方もいるようなので……」
ふるふると揺れるコーヒーの表面に浮かぶ顔に、溜め息がでる。
「ただそれをする場合、もっと内容を砕いて柔らかくした方がいいこともあって。でもやりすぎると重大性に欠けて、人から人へ届いて広がっていくような本にはならないんじゃないかとか……」
晴の声が少しずつ小さくなっても、館長とカラスの背筋は変わらず凛としていた。
「簡単に世界に行けない分、ネットがあるじゃないですか。ネットの情報もうんぬんって思われることもあるけど、せっかく遠い人のことを知れるなら、知った方がいいと思うんですよね。それは、自分をアップデートするキッカケになる気がするんです」
まただ――そう心に過ると、晴は口を閉じた。きっと館長は自分の両親くらいの人だろう。それなのに、かなり偉そうなことを言ってしまった。
ところが、スススと笑い声がした。晴はそろりと顔を上げると、館長が左手を横に差し出した。
「……?」
晴は、宙にふわりと花開くような館長の手つきに目をやったその時――カラスが飛び立った。
館内をぐるりと一周するところを、晴は首だけで追いかける。天井の四つの光が翼に揺れた途端、オレンジ色の光が目いっぱいに弾け、魔方陣を生み出した。 その眩しさに目を細めていると、そばにカラスの気配がした。力強い羽の音がするやいなや、館長の左手に光るものを置くと、また止まり木へ戻っていく。
一瞬にして過ぎた出来事に息を漏らすのも束の間、晴は、ゴールドをした細長いものに目を見開いていく。そして館長と瞳が合うと、そこにチラチラと泳ぐ光に心を引き寄せられていった。
「活力いっぱいのオレンジアベンチュリン」
館長にブックマーカーを差し出され、晴はじんじんする手でそれを受け取ると、先端に揺れるオレンジ色の石に触れる。
「名前の通り、積極的な行動力の味方をしてくれます。マイナス思考をプラス思考に変える力も授けてくれるでしょう」
その言葉に、晴の息がふと止まる。今のこだわりをなくせば読者層が変わり、もっと読んでもらえるようになるのだろうか。自分ももっと、人にすすめるようになるだろうか。そんなことを何度考えたかは分からないが、結局は同じ書き方に辿り着いてしまう。
言われたことを聞き、コツコツと計画的にこなす性格ではあった。それ故に、あくまでも趣味で続けている執筆に取り入れるテーマが、優秀だのさすがだのと言われることがあった。頭がいいから、勉強ができるから、とも。
けれども、そんな自分だからこの書き方を選んでいるのでは絶対にない。書きながらどこかで、そのことすら訴えているように思う。
「貴方は実に真っ直ぐな人です。そのまま貫いていける存在は、本当はもっと必要なはずですよ」
「……そうでしょうか。熱苦しいというか、真面目すぎというか……だから触れにくいという印象を持たれるんじゃないかと思ってしまいます。触れやすくしたいのに、本末転倒ですよね」
晴は崩れかける表情をそそくさとマグカップに隠そうとするも、コーヒーはもう残っていなかった。
「よろしければどうぞ」
いつからそこにいたのかと、ヴェーラに湯呑を差し出された拍子に、晴は肩で飛び上がってしまう。ふううっと、濃厚な緑の香りが鼻腔の奥にまで満ちた。
「ところで素晴らしいですね、晴さんは。色々な方の立場に立って、考えを廻らせられるのですから。そして自分のことのように悩み、何かしらお答えを見出せます。それはご本人も含め、人が救われることではないでしょうか」
それに言葉を失っている晴を気にもせず、ヴェーラはふわふわとどこかへ去ってしまう。しんみりとした空間に、ぽとりと葉っぱの雫が落ちるように現れ、準備していた様子もなく言葉を残していなくなる。そんなヴェーラに、晴は心が温まった。
「大きな声で綺麗事を言う。別にいいではありませんか」
館長の穏やかな、それでいて鮮明さが滲む声に、晴は目に力が入った。




