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「え……」
時が止まったようだった。そのような質問は、夫にすらされたことがない。しかし自分に問いかけていたものではあった。そしてSNSに、その答えを翻訳するように書き綴ったことはある。ただ心で考え、静かに文章にしてきただけであり、いざこうして声にせねばならなくなると、口が動かない。
そこへ、その人の前に湯呑が出された。
「どうぞ、ヘッド。前に言ってた京都の緑茶です。現地では戸惑いましたが、私の拙い日本語でも道行く方はご親切に懸命に聞いてくださり、直接案内までしていただきました。簡単に購入できましたよ」
「それはよかった。ありがとうヴェーラ、助かったよ」
晴はころりと笑ってしまう。ここまでの印象に過ぎないが、その二人は日本人には見えない。それでいて日本のものを好いてくれているのは嬉しくなる。またその流れで驚いたのは、自分には少し減って見えるコーヒーが出されていたことだ。
「“ハル”さん。飲みかけがお部屋にございましたので、お持ちしました」
「ええ!? そんなことまでできちゃうんだ……すみません、お手間をおかけして……」
ヴェーラと呼ばれたその人は、何ともない様子でお辞儀すると、サクッとその場を去っていった。
晴はしばしその後姿を見てから、そばのアームチェアを引いた。その向いに腰掛ける館長は、やや奥の止まり木で真っ直ぐこちらを見つめるカラスを見ては、一息つきながら肩をほぐしている。
「あの、さっきの質問ですが……ちょっと恥ずかしいんですけど……」
キイイッと、館長は背もたれで背筋を伸ばし、耳をかたむける。
「声に出したことがないもので……まず端的に言うと、私が“なぜ書くのか”は、届けるべきものを届けるためです」
晴は胸のザワつきをコーヒーで抑えようとする。しかし、その場のしんみりさは一向に変わらず、その間を埋めようと自然と言葉を引き出してしまう。
「私は数年前、国際協力に携わる人の動画に出会いました。そこから、同じ活動をする様々な方の書籍にも触れました。でも、本当に最初のキッカケは、家の片付けからでした」
大人二人だけで暮らしていながら、家には随分と物があるように感じた時があった。昔から母の教えで、使わなくなったものは誰かに譲るということをしてきた。いわゆる寄付だ。だがその寄付が、誠実な道を辿っていないかもしれないという話を偶然ウェブ上で目にし、自分のやっていることが果たして誰かのためになっているのかどうか、分からなくなった。
難しいテーマになればなるほど、何が正しく何が悪いかを判断するのが複雑に感じるようになった。その中で、ただ経験だけで物事を見てジャッジし、淡々と進んできてしまった自分がいることに気づいた。そして、そんな自分を変えたくなった。時代が変化するにつれて、必要なことが変わっていくように。
「パートをしてるとはいえ、基本的には主婦ですから、家のことは目につきやすいですし、書く時間も取りやすいんです。それで、だからこそできることって何だろうと考えるようになりました」
晴のピンとした姿勢が、いつの間にか館長とカラスにもうつってしまっていた。スルスルと流れ出る言葉に、カラスは更に前のめりになる。
「子どもの頃から話を書くのが好きでしたが、書き方をちゃんと学びながら執筆をはじめたのは最近です」
頭に浮かんだままを書き終えたら完成としてきた、たくさんの古いオリジナルの物語。それらを何度振り返ってみても、文章や構造に目を覆いたくなる。なのに、向き合うのにかなりの力量を要するような題材を集めてしまい、結局頭を抱えて立ち止まってしまう。
「見ず知らずの国で生きる人達が感じていること、その人達が知ってほしいと願っていることに出会いやすくするためには、どうすればいいのか。難しいって分かっていながらも、階段を一、二段飛ばしてのぼるみたいに進もうとしてしまうんです」
書きたい理由をずっと頭に掲げてきた。何作も書くにつれて、物語の特徴はどこか啓発的かつ社会派のようにも取れてしまうファンタジーになっていった。作品によっては、どこか教科書のように思えてしまう。こだわればこだわるほど、シーンを描く文体ではなく説明をする文体になり、堅くてとっつきにくくなった。




