6日目 風邪
6日目。
昼過ぎ
俺は部屋でゴロゴロしながら、ゾンビ対策動画を見ていた。
『もしショッピングモールで大量感染が起きた場合――』
「いや行かねぇよショッピングモールなんか……」
そうツッコミを入れた時だった。
ピンポーンとインターホンが鳴る。
「はいはーい」
受話器を取る。
『あの〜、前田さんいますか……?』
インターホンの先は奏子さんだった。
だがなんか声が弱い。
「……奏子さん?」
『ちょっと、お願いが……』
嫌な予感がして、俺は慌てて部屋を出る。
すると廊下の壁へ寄りかかる奏子さんがいた。
顔が赤いし、息も少し荒い。
「うわっ!? だ、大丈夫ですか!?」
「へへ……ちょっと熱出ちゃって……」
その瞬間、俺の脳裏へ最悪の文字が浮かぶ。
感染。
ゾンビ化。
終わった。
だが奏子さんは普通に笑っている。
「いや普通の風邪ですって〜」
「いやでもこの世界、“普通の風邪”が一番信用できないんですよ!?」
俺は半分パニックになりながら額へ手を当てた。
熱い。
「うおぉ……熱ある……」
「だから熱って言ったじゃないですかぁ」
奏子さんがふにゃっと笑う。なんか余裕あるなこの人。
「病院は!?」
「今めちゃ混みで……それに重症じゃないし」
「いやでも!」
「前田さん、声大きい……」
「あっ、すみません……」
俺は慌てて小声になる。
すると奏子さんが小さく吹き出した。
「ふふっ……」
……笑ってる場合か?いやでもなんか可愛いなこの人。
「と、とりあえず部屋戻りましょう!」
「実はそれお願いしたかったんです〜……ちょっとフラフラして」
俺は奏子さんへ肩を貸した。
「し、失礼します」
「そんな固くならなくても〜」
いや無理だろ。
近い。めちゃくちゃ近い。
シャンプーの匂いする。
しかも柔らかい。
心臓が変な意味で危険。俺は変に意識しないよう、必死に前だけ見る。だが奏子さんは熱で力が入らないのか、かなり身体を預けてくる。
「す、すみません重くないですか?」
「全然!!」
即答してしまった。奏子さんがまた笑う。
「なんでそんな必死なんです?」
「いやだって倒れたら危ないですし!」
「前田さんって優しいですよねぇ」
「そ、そんなことないです!」
俺は顔が熱くなるのを感じた。
たぶん今俺は奏子さんより赤い。
そして、部屋へ着く。
中は綺麗だった。
やっぱり女性の部屋って感じでちょっと緊張する。
「そこ座っててください!」
俺は慌てて冷えピタやスポドリを探す。
「あ、冷蔵庫使っていいですよ〜」
「すみません!」
なんか新婚感ある会話になってしまった。自分で勝手にダメージを受ける。奏子さんはベッドへ横になった。
「はぁ〜……」
しんどそうだ。俺は冷えピタを持って戻る。
「貼ります?」
「お願いしていいですか〜?」
「えっ」
いや待て。近い近い近い。でも断るのもアレだ。俺はガチガチになりながら前髪を上げる。
「し、失礼します……」
額へぺたり。
近距離!顔近い!目、綺麗!
奏子さんがじーっとこっちを見てくる。
やめてくれ、心臓が持たない。
「前田さん」
「は、はい!」
「そんな緊張しなくても、食べたりしませんよ?」
「ゾンビみたいに言わないでくださいよ!」
思わずツッコむ。
奏子さんはケラケラ笑ったあと、小さく咳をした。
「でも安心しました」
「え?」
「前田さん来てくれて」
その言葉に、胸がドクンと鳴る。俺は思わず目を逸らした。
「……まあ、隣人ですし」
「ふふっ、不器用〜」
「うるさいです」
奏子さんは楽しそうに笑う。その笑顔を見ていると、ゾンビ世界だとか停電だとか幻覚だとか、全部ちょっとだけ遠く感じた。
まあ。
熱で倒れた奏子さんを見て最初に思ったのが、
「感染じゃなくてよかったぁ……」
だった辺り、俺はまだかなりビビりなんだろうけど。
「……そういえば」
奏子さんがベッドの上で毛布にくるまりながら言った。
「お腹空きました……」
「あっ」
俺は固まる。
病人
熱
定番イベントのおかゆだ!
いや待て。
俺、まともにおかゆ作ったことあるか?
ない。
だがここで「作れません」は男としてダサい気がする!
「ま、任せてください!」
勢いで言ってしまった。
「ほんとですか〜?」
「ええ、まあ……たぶん」
「たぶん?」
奏子さんがクスクス笑う。俺は気まずさを誤魔化すようにキッチンへ向かった。
「えーっと……米と水入れて煮ればいいんだっけ……?」
スマホで調べる。文明の利器最高!
とりあえず鍋へご飯と水を投入。弱火でコトコト煮て、たまに混ぜる。
(おっ、なんかそれっぽくなってきた)
「おお……」
ちょっと感動する。そこへ卵を落とし、白だしを少し。刻みネギも乗せる。
完成!
「……なんか病院食みたいだな」
でも全然美味しそう!
俺はお盆へ乗せ、奏子さんの元へ持っていった。
「できました」
「わぁ〜」
奏子さんが少し嬉しそうに目を細める。
「前田さんが料理してるの、なんか新鮮ですね」
「一応、自炊はしてますよ?」
「ベーコンエッグ丼とか?」
「なんで知ってるんですか」
「匂いがしてました」
「恥っず……」
俺は思わず顔を覆った。
全部バレてる。
奏子さんは笑いながら、おかゆを受け取る。
「いただきます」
ふーふーして、一口。
その瞬間、表情がふわっと柔らかくなった。
「……おいしい」
「マジですか!?」
「はい。すごい安心する味」
その言葉に、妙にホッとした。
よかった。
変な味じゃなかった。
奏子さんは少しずつおかゆを食べている。熱で弱っているせいか、普段よりかなり大人しい。なんか小動物みたいだ。
「前田さんも食べます?」
「え?」
「一人で食べるの寂しいです」
不意打ちだった。
俺は一瞬固まったあと、
「……じゃあ少し」
と言って、自分用の茶碗を持ってきた。二人で並んで座る。病人食のおかゆを、静かに食べる。外ではたぶんゾンビが徘徊してる。世界は終わってる。でも今この部屋だけは、妙に穏やかだった。
「ふふっ」
奏子さんが突然笑う。
「なんですか?」
「なんか夫婦みたいだなぁって」
「ブッ!?」
俺は盛大にむせた。
「な、ななな何言ってるんですか!?」
「冗談ですよ〜」
「心臓に悪い!」
俺は咳き込みながら水を飲む。
奏子さんは楽しそうに笑っていた。
熱でしんどいはずなのに、その笑顔を見るとこっちまで少し安心する。
その時
「……前田さん」
「はい?」
「今日は助けてくれてありがとうございます」
いつもより静かな声だった。俺は少しだけ目を逸らす。
「……まあ、隣人ですし」
「またそれ言う〜」
奏子さんがクスクス笑う。
俺もつられて少し笑った。
その瞬間。
俺は気づく。
今日、一回も幻覚が起きていない。
怖いことを考える暇がないくらい、ずっと奏子さんのことを気にしていたからだ。
「…………」
なんか、それが少し嬉しかった。




